組織アイデンティティ


組織文化から組織アイデンティティへ

 ホフステッドの『経営文化の国際比較』(Hofstede, 1980)をはじめとした一連の研究には、企業活動が国境を越えて行われるようになり、米国企業だけではなく日本企業も多国籍企業化して米国をはじめとする世界中に生産拠点等をもつようになったという時代的な背景がある。以上のようなことをふまえると、結果を解釈する際に決定的に重要になるのは、むしろ国による差異をことさら強調することではなく、IBMに限らず、企業には文化があるという事実発見ではないだろうか。

 特にIBMが会社としての独自のアイデンティティ(corporate identity)、すなわち会社の下位文化(company subculture)をもっていて、それがうまく従業員に誇りの気持ちを増進させているということはホフステッド自身も認めている(Hofstede, 1984, p.40 邦訳p.40)。実際、前述のように、日本企業の海外現地法人と比べて、IBMの現地法人の定着率の良さは際立っていた。であるとするならば、いまや論理的にも国民性の下位文化として企業文化があるのではなく、IBMのような多国籍企業では、逆に企業文化の方に主導権があり、国民性は企業文化に差異をもたらすものなのではないだろうか。ホフステッドの4指標のようなものが、仮に何らかの意味で文化を見る指標として有効であるならば、これらの指標は40ヶ国でどの程度の値の散らばり、分散があるかを見ることで、まさにディール=ケネディの言う「企業文化の強さ」を測定することができるのかもしれない。ディール=ケネディに言わせると、米国企業の創立者達は強い文化(strong culture)が成功をもたらすと信じていた。従業員が生活の不安を感じることなく、それゆえ事業の成功に必要な仕事ができるような環境つまり事実上の文化を社内に作り出すことが自分達の役割であると考えていたというのである(Deal & Kennedy, 1982, p.5 邦訳pp.16-17)。

『組織文化とリーダーシップ』

 こうした見方をより明確にしたのが、シャイン(Edgar H. Schein; 1928-)の『組織文化とリーダーシップ』(Schein, 1985)である。シャインはヨーロッパ、メキシコ、オーストラリア、シンガポールで教えたりコンサルティングしたりしたときの経験が米国での経験と比較して非常に異なると感じ、また同時に多国籍企業では、かなり異なる各国の文化の中でも驚くほど似通った方法でことを進める現象があることにも気がついた。つまり、多国籍企業はそれ自身の文化をもっており、しかもその文化はそれぞれの国のローカルな文化を乗り越えるか、もしくは少なくとも修正してしまうほどの強さを時として持っているように見えたというのである(Schein, 1985, Preface)。

 これをきっかけにシャインの組織文化の研究が進められたわけである。ここでシャインの定義する文化とは、観察できるような行動のパターンではなく、ある組織の基礎をなしている諸仮定の織り成すパターンである。この基礎的仮定のパターン(a pattern of basic asumptions)は外的適応や内的統合の問題に対処することを学習する際に、当該組織が発明し、発見し、発展させたものである。これは十分よく機能したために妥当とみなされ、それ故、それらの問題に関して、知覚し、考え、感じる正しい方法として新メンバーに教えこまれる。そして当該組織のメンバーによって共有され、無意識のうちに機能し、しかも組織自身とその環境に対する当該組織なりの見方を当然のことと思えるように定義する深いレベルの仮定である(Schein, 1985, p.6 邦訳pp.9-10; p.9 邦訳pp.12-13)。

 そして、シャインは組織文化についてのある認識に達する。つまり、組織文化はリーダーによって創造されるのであり、リーダーシップの最も決定的な機能の一つが文化の創造、マネジメント、そして破壊が必要になったときはその破壊だというのである。リーダーシップと文化は同じコインの表裏の関係にあり、リーダーが行う本当に重要なことは唯一、文化を創造し、マネージすることである。シャインは、リーダーとしてのユニークな才能とは文化を動かすことであるとまで言うのである(Schein, 1985, p.2 邦訳p.4)。

組織アイデンティティとは何か

 では、組織のアイデンティティとは何か。そもそも組織は変わることができるわけだから、組織アイデンティティ自体も変えられると考えられている。従来は、個人のアイデンティティのイメージを組織にもそのまま当てはめ、組織アイデンティティも個人同様に、

  1. 一つの組織には唯一つ
  2. 他の組織と比べてユニーク
  3. 時を経ても変わらない
という暗黙の基準を満たすものだと思われてきた。ところが1985年に、アルバート=ウェッテンの画期的な論文(Albert & Whetten, 1985)が登場する。この論文では、組織アイデンティティを
  1. 【宣言性】(claimed central character): 宣言されていれば、一つでなくて複数存在してもいい
  2. 【識別性】(claimed distinctiveness): 他者と比較可能で自己分類できれば、ユニークでなくてもいい
  3. 【時間的連続性】(claimed temporal continuity): 連続的であれば、時が経つにつれて変化してもいい
とアイデンティティ概念を大幅に拡張したのである(Yamashiro, 2015a)。多数の人間からなる組織であれば、複数のアイデンティティを持つハイブリッド(雑種)であることはむしろ自然で、たとえば、二つのアイデンティティをもつ組織が、一方から他方へとアイデンティティに連続的に変化させていくこともありうる。実際、アルバート=ウェッテンは2種類のアイデンティティをもつ事例を二重アイデンティティ(dual identity)と呼び、分析している。 変化していく組織アイデンティティ。この論文のおかげで、組織アイデンティティに関する実証的な研究が一気に展開していくことになるのだが、残念ながら、この論文を引用する多くの研究が、@一つの組織には唯一つ、A他の組織と比べてユニーク、B時を経ても変わらない、という個人アイデンティティのイメージから脱し切れていない。

組織は「多重人格」

アルバート=ウェッテンによって、変化していく組織アイデンティティが初めて定義されたおかげで、組織アイデンティティに関する実証的な研究が、ダットン=デュケリッチの論文(Dutton & Dukerich, 1991) によって本格的に始まることになる(佐藤, 2013)。ダットン=デュケリッチは、1921年4月30日に設立されたニューヨーク・ニュージャージー港湾公社(Port Authority)がホームレス問題にどう対処したかの事例研究である。当時の港湾公社は、1万人を雇用し、総資産50億ドル、年間予算10億ドルの米国最大の公共機関であった。データ・ソースは次の五つ
  1. 1988年9月から1989年5月の間に行われた港湾公社の従業員25人(情報提供者)に対するインタビュー
  2. 1982年11月から1989年3月の間に用意されたホームレス問題に関する港湾公社内の全レポート、メモ、スピーチ
  3. 1986年3月から1988年11月の間に、港湾公社とホームレス問題に言及した地方紙、雑誌の記事
  4. 港湾公社の従業員からなるホームレス・プロジェクト・チーム(6人全員が1の情報提供者に含まれる)の責任者との日常的な会話
  5. 1989年5月にホームレス・プロジェクト・チームによって行われた港湾公社の施設スタッフの丸一日がかりの訓練でとられたノート
組織のアイデンティティは次の3ステップを踏んで抽出されている。
  1. データに対してテーマ分析を行い、84のテーマが出てきた。
  2. テーマは7つの大きなグループに分類されたが、その一つが「港湾公社のアイデンティティ」だった。
  3. インタビュー記録の各文章を84のテーマにコーディングした。
こうして、港湾公社のアイデンティティは6つの属性にまとめられる。次の4番目のステップで、港湾公社がどのようにホームレス問題に対処したのかが、5つの時期に分けて歴史的に記述される。表1のように、時期によって異なるアイデンティティが解釈、感情、行為の元になっていた。

表1. 時期によって異なるアイデンティティが顔を出す
属性言及した情報
提供者の割合
  時期1  
1982-4
  時期2  
1985-6
  時期3  
1987
  時期4  
1988
  時期5  
1988末-9初
技術的専門知識を持った
(社会的専門知識はない)プロ
100% 解釈・行為 感情
倫理性、利他主義、
公共サービスの倫理
44% 解釈・感情・
行為
質へのコミットメント36% 解釈解釈・感情 行為
地域の福祉へのコミットメント36%
従業員の忠誠心/従業員は家族32% 解釈
やればできる精神25% 感情
(出所) Dutton and Dukerich (1991) p.544のTable 2を分かりやすく整理したもの。

 この6つの属性は、この論文では「一つの組織アイデンティティの6次元」的な扱いを受けている。しかし、最初の属性を除けば他の5つに言及する情報提供者は全員どころか半数にも満たない。この論文の結果の合理的な解釈は、この組織には少なくとも6つのアイデンティティがあり、そのほとんどは全員ではなく一部の人が共有しているもので、時期によって、異なるアイデンティティが姿を現し、解釈、感情、行為を呼び起こしている、ということであろう。要するに、複数の人間が構成する組織は、多重人格者のようなものであり、時期によって異なる人格が姿を現し、それがその時の組織を支配していると考えた方が、自然である。では、そのような人格の交代がなぜ起こるのか? それについては言及がない(Sato, 2014a)。おそらくは、トップ・マネジメントの交代や担当者の更迭等の組織的な原因があると考えられる。

 ダットン=デュケリッチの論文(Dutton & Dukerich, 1991)は、有名であるが、後続研究がなかなか出てこないのは、多くの研究者が、その方法論をきちんと理解できなかったからではないかと思われる。ここで整理したように、途中で出てくるテーマ分析とコーディングの部分は、今であればテキスト・マイニングの内容分析のソフトを使えば容易に処理できるので、もっと多くの後続研究が出てきてしかるべきかと思われる。

一体化研究との混同

 一体化(identification)は、そもそも、その組織の目的・価値の観点から意思決定するようになる現象を指している(March & Simon, 1958, ch.3)。後にメイル=アシュフォース(Mael & Ashforth, 1992)が開発した「誰かが○○(組織の名称)を批判した時は、個人的に侮辱されたように感じる」など6項目から構成されているメイル(Mael)尺度は、一体化の測定尺度として幅広く用いられている(高尾, 2013)。

 ところが、この二人は、それより前に発表した別の論文(Ashforth & Mael, 1989)において、社会心理学で1970年代から始まり、1987年に解説書(Turner, 1987)が出たことで一気に認知されるようになった社会的アイデンティティ理論(social identity theory; SIT)と自己カテゴリー化理論(self-categorization theory)に依拠して、組織identificationを論じていたのである。これにより1990年代以降、identificationという用語は、一体化の意味を離れ、アイデンティティの確立・獲得のようなニュアンスの用語として混濁して用いられるようになり、相対的に盛んな組織アイデンティティ研究の話の方に吸収されていく傾向にあった。

文化変容

 二つ以上の異なる文化が接触することによって、双方、もしくは一方の文化が変容するという過程を文化変容(acculturationあるいは文化触変とも訳す)と呼ぶ。比較文化心理学で有名になるBerryは、1970年代、文化変容の概念を成熟させていった。マイノリティにおける生態と個人の発達に関する研究(Berry, 1971)、西洋化に直面しているマイノリティの心理ストレス(これを「文化変容ストレス(acculturative stress)」と呼んでいた)に関する研究(Berry & Annis, 1974)を経て、最初の著作(Berry, 1976)で、マイノリティ(特にアメリカン・インディアン)が西洋文化に接した際の、自文化と西洋文化とに対する心理的傾向を表す二つの質問を軸として表7のように文化変容を4つに類型化して整理した(Ohkawa, 2015)。これが後に、経営学分野で、合併・買収の際の文化変容を分析した研究(Buono, Bowditch, & Lewis, 1985; Nahavandi & Malekzadeh, 1988)などで「文化変容モデル」として引用されることになる。

表2. 文化変容の4類型
より大きな社会との
肯定的な関係が求
められるべきか?
伝統的な文化は価値が
あり保持されるべきか?
YesNo
Yes統合同化
No拒絶(分離)(失文化)
(出所) Berry (1976) p.181, Table 8.4。

 表2は分類ラベルの整理としては、実に合理的にできている。さらに分かりやすく、「伝統的文化を捨てる」ことを同化志向、「西洋社会から自己隔離する」ことを分離志向と呼ぶことにすると、「同化」とは、伝統的文化を捨て、西洋社会の中で生きていくこと、それとは対照的に、「拒絶(分離)」とは、西洋社会を拒絶し、そこから自己隔離して伝統的文化を守ること、そして「統合」とは、西洋社会の中で暮らしながら、伝統的文化も守ることになる。

 四つのセルの中では、「失文化」がどのような状態なのかわかりにくい。しかし、実は現実の企業の中にも、「失文化」になりやすい状況に置かれている人々がいる。それは、他の会社からの出向者である。完全に転職したわけではなく、いずれは元の会社に戻るかもしれない出向という形で今の会社に勤めている場合、そもそも付き合うべき周囲の人が2グループ存在し、しかも、自分は出向者であるという自覚があればあるほど、どちらにも合わせようとするだろう。そこで、高橋, 大川, 八田, 稲水, 大神 (2009)は、「他の会社からの出向者は、分離志向のレベルも同化志向のレベルも高くなる傾向がある。すなわち失文化の状態になりやすい」という仮説を立て、表2の縦軸方向の「分離志向」と横軸方向の「同化志向」の測定尺度を提案して、実際に失文化の状態にあることを検証している。


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