ぬるま湯感   組織活性化カルテoractika


ぬるま湯だと感じますか?

 日本では、企業人が、自分の会社を揶揄して、自虐的に「うちの会社はぬるま湯的体質」だと評することが多い。それ故、一般には、「ぬるま湯的体質」は悪い印象を持たれている用語であり、しばしば組織が活性化していない状態の典型であるとまで指弾され、なんとか体質改善しなくてはならないと口にされがちである。しかし、社員が「うちの会社はぬるま湯的体質」だと感じるのは、客観的な体質の問題というよりも、実は、そう言うご本人とその会社との相対的な問題であるということがわかっている。ここでは「ぬるま湯感」の測定と理論に関する研究成果を整理し、組織活性化との関係をより正確に位置づけよう。

 ここで取り上げる研究は、主にJPC調査と呼ばれる調査をもとにしている。JPC調査は、日本生産性本部(Japan Productivity Center; JPC) 経営アカデミー『人間能力と組織開発』コース(1993年度からは『組織革新』コースと改称)の参加者の所属企業を対象に年1回のペースで行ってきた「組織活性化のための従業員意識調査」の総称である。毎年のJPC調査は、質問票調査前のヒアリング調査、質問票調査、フォローアップのヒアリング調査の3段階に分けて行われたが、第2段階の質問票調査では、第1段階のヒアリング対象者の所属する、もしくはそれに比較的近いホワイトカラーの部門を選び、さらにその中において、ひとつまたは複数の組織単位を選び、選ばれた組織単位の構成員に対する全数調査が行われた。質問票調査は、毎年8月25日から9月8日までの間のある水曜日に各社一斉に質問調査票が配布され、記入してもらった上で、翌週の月曜日までに回収するという留置法で行われた。1986年?2000年に、13,724人分の質問調査票が回収され、全体の回収率は88.6%であった。対象企業は、ほとんどが東京に本社のある大企業62社で、そのうち21社は複数年にわたって調査されている。

 そんなJPC調査で最初に「ぬるま湯感」を調べたのは1987年で、

Q1. 職場の雰囲気を「ぬるま湯」だと感じることがある。

という質問に対して、「Yes」「No」で答えてもらったところ、55.4%の人が「Yes」と答えてくれた。興味深いのは、

Q2. 自分の仕事に充実感を感じている。

という質問との間のクロス表、表1であった。

表1. ぬるま湯感と充実感(JPC1987調査)       
Q2. 充実感Q1. ぬるま湯感
YesNo
Yes175176351
No 138 77215
313253566
r=-0.140, χ2=11.074, p<0.001.
(出所) 高橋(1989) 表1。

 一般のネガティブな印象通り、「ぬるま湯感」は「仕事の充実感」との間に負の相関があった。ところが、「仕事に充実感」を感じている351人中、「ぬるま湯感」を感じる人は175人、感じない人は176人で、ほぼ同数なのである。つまり、「仕事の充実感」と「ぬるま湯感」は明らかに共存している。さらに、各社で質問Q1、Q2に「Yes」と答えた人の比率をそれぞれ「ぬるま湯比率」「充実比率」と呼んで、散布図に会社をプロットしてみると、図1のようになり、C社のように、「仕事の充実感」が72.9%と一番高く、「ぬるま湯感」も71.7%と3番目に高くて、明らかに両者が共存している会社が存在する。実は、会社別データを職場別データにばらして散布図にしてみると、他の会社でもぬるま湯感と充実感が共存している職場がたくさん見つかった。

充実比率(%)
ぬるま湯比率(%)
図1. 会社別ぬるま湯比率・充実比率散布図(JPC1987調査)
(出所) 高橋(1989) 図1。

体感温度仮説

 「ぬるまゆにつかる」を国語辞典で引くと、『広辞苑』(岩波書店)では「現在の境遇に甘んじてぬくぬくとくらす」、『国語大辞典』(小学館)では「安楽な現状に甘んじて呑気に過ごす」と書かれている。そこで「現状に甘んじることなく変化を求める傾向」あるいは「現状を打破して変化しようとする傾向」を「変化性向」(propensity to change)と呼んで、変化性向でお湯の温度を測ってみることにした。まずは、組織のシステムとしての変化性向、つまり「組織のシステムがメンバーの変化を受け止め、あるいは促す仕組み、制度にどの程度なっているかを表す指数」を「システム温」と呼び、これを測定することを考えた。(最初これを「湯温」と呼んでいたが、湯温では、周りの人間の温度を想像する人が多かったので、これは周りの人間の温度ではなくて、あくまでもシステムの温度であるということを強調するために今では「システム温」と呼ぶことにしている。) そこでシステム温の概念に合致するような質問を5つ選んだ。

  1. 仕事上の個人の業績、貢献の高い人は、昇進、昇格あるいは昇給などを確実に果している。
  2. 仕事上の前向きの失敗は問わないという雰囲気がある。
  3. 職場の上司は、その上の上司を動かす力があると思う。
  4. 今までの仕事の進め方は、今後、変わりそうにない。
  5. 年次さえ来れば、ある程度まで昇進できると皆思っている。

 このうち質問1、2、3に関しては「Yes」と答えた方がシステム温が高く、質問4と5に関しては「No」と答えた方がシステム温が高いと考えて、質問1、2、3に関してはそれぞれ「Yes」と答えれば1点、「No」と答えれば0点、質問4、5に関しては逆に「Yes」と答えれば0点、「No」と答えれば1点として、この5問の点数を単純に足してみた。システム温はそれぞれ0か1しか値を取らない5つの質問の点数を足し合わせているので、0点から5点までの整数値を取るような指数になっている。

 ところが、このシステム温だけでは、ぬるま湯感を説明しきれなかった。確かに、質問Q1で「Yes」と答えた人のグループを「ぬるま湯」群、「No」と答えた人のグループを「非ぬるま湯」群とすると、「ぬるま湯」群のシステム温の平均は2.72、「非ぬるま湯」群の平均が3.46で、ぬるま湯だと感じている人の方がシステム温が低いという0.1%水準で統計的に有意な結果が得られた。しかし、会社別のシステム温の平均は表2のようになり、困ったことに、先ほどのC社の平均2.73が特に低いわけではないのである。これでは、なぜC社のぬるま湯比率が7割を超えて一番高かったのかを説明できない。

表2. 会社別のシステム温・体温・体感温度(JPC1987調査)
会社Nシステム温体温体感温度
A 194.004.05-0.05
B 273.193.52-0.33
C 552.734.04-1.31
D 182.503.44-0.94
E 963.723.68 0.04
F 782.363.23-0.87
G 652.863.45-0.58
H 532.923.26-0.34
I 263.924.54-0.62
J 403.153.98-0.83
K 482.813.25-0.44
5253.053.60-0.55
(注) いずれもF検定を行うと会社別の平均値には0.1%水準で有意な差があった。
(出所) 高橋(1989) 表2と表3を加工したもの。

 そこで、個人の変化性向、すなわち組織人としての体温は人によって違うのではないかと考えた。確かに、ぬるま湯比率が一番高かったC社は、仕事に充実感を感じているという比率もトップ・クラスの会社だった。体温が高そうだ。つまり、お湯の温度を熱いと感じるか、ぬるいと感じるかは、絶対的なお湯の温度というよりも、体温ベースで相対的な体感温度の問題だと考えたのである。仮に、「体温」として、組織のメンバーが現状を打破して変化をもたらそうとする意欲がどの程度あるかを測定することができれば、単純化して、

体感温度=システム温−体温

で「体感温度」を定義し、これでぬるま湯感を説明できるのではないかと考えた。そして、体温測定のために、次の5問を選び出してみた。

  1. 自分の仕事については、人並の仕事のやり方では満足せずに、常に問題意識をもって取り組み、改善するように心がけている。
  2. 今の職場では、業績を残すよりも、大きな問題やミスを起こさないようにしたい。
  3. 自分の仕事に関する業務知識、専門知識を修得しようと常日頃から心がけている。
  4. 新しい仕事をどんどんやりたい。
  5. できれば人よりも早く昇進したいと思っている。

 このうち質問2以外の質問に関しては「Yes」と答えた方が体温が高く、質問2に関しては「No」と答えた方が体温が高いと考え、システム温のときと同様に、質問1、3、4、5に関してはそれぞれ「Yes」と答えれば1点、「No」と答えれば0点、質問2に関しては逆に「Yes」と答えれば0点、「No」と答えれば1点として、この5問の点数を単純に足し合わせてみた。システム温同様に、それぞれ0か1しか値を取らない5つの質問の点数を足し合わせているので、体温も0点から5点までの整数値を取るような指数になっている。

 そこでさっそく「ぬるま湯」群の平均体感温度を計算すると-0.91で、「非ぬるま湯」群の平均体感温度-0.09と比べて1度近く差のあることがわかった。相対度数折れ線は図2のようになり、「ぬるま湯」群は体感温度-1、「非ぬるま湯」群は体感温度0でピークとなる二つの分布にきれいに分かれて分布していた。この温度差は0.1%水準で統計的に有意であった。会社別に計算した体温は表2に示してあるが、C社の体温が高いことは一目瞭然である。そしてC社の体感温度は-1.31とずば抜けて低い。実際、縦軸を体温、横軸をシステム温にとったグラフに各社をプロットしてみると、図3が得られた。この図は「湯かげん図」と呼ばれているが、平均値を破線で示して4つの領域に分けると、C社だけが低システム温・高体温の「ぬるま湯」領域にプロットされる。

相対度数(%)
体感温度
図2. 相対度数折れ線(JPC1987調査)
(出所) 高橋(1989) 図4。

体温
システム温
図3. 湯かげん図(JPC1987調査; 破線は平均値)
(出所) 高橋(1989) 図5を加工したもの。

 また、図3のように、企業をプロットすると、確かに企業レベルではシステム温と体温の間に正の相関があり、システム温の高い企業は体温も高いことがわかるが、このことは重要なことである。仮に、システム温の段階で、体温が既に引かれてしまっていて、体温が織り込み済みとなっていれば、システム温は体温が高いほど低いという負の相関が見られるはずであったが、実際にはシステム温と体温とは正の相関があったわけで、こうした可能性が否定され、システム温が疑似体感温度となってはいないことが確認されたことになる(高橋, 1997, p.165)。

体感温度測定尺度の改善

 以上の結果から、ぬるま湯比率に関して

体感温度仮説: 体感温度が高くなるほどぬるま湯比率は低下する。

を立て、それまでの暫定的質問項目を洗い直し、質問項目の収集・整理と予備調査を行い、もっと良い質問項目へと入れ替えをしていくという作業を行った。その結果、改良版体感温度測定尺度として、次の10問が選ばれた(高橋, 1993, ch.3)。

システム温

  1. 仕事上の個人の業績、貢献の高い人は、昇進、昇格あるいは昇給などを確実に果たしている。(はい=1; いいえ=0)
  2. 失敗をしながらでも業績を挙げていくよりは、失敗をしないで過ごした方が評価されると思う。(はい=0; いいえ=1)
  3. 新しい仕事にチャレンジしていこうという雰囲気がある。(はい=1; いいえ=0)
  4. 個性を発揮するよりも、組織風土に染まることを求められる。(はい=0; いいえ=1)
  5. 目標達成に向けて競争的雰囲気がある。(はい=1; いいえ=0)

体温

  1. 自分の仕事については、人並の仕事のやり方では満足せずに、常に問題意識をもって取り組み、改善するように心がけている。(はい=1; いいえ=0)
  2. 従来のやり方・先例にこだわらずに仕事をしている。(はい=1; いいえ=0)
  3. 必要な仕事はセクションにとらわれずに積極的に行っている。(はい=1; いいえ=0)
  4. 自分の実力は他の会社でも充分通用すると思う。(はい=1; いいえ=0)
  5. 上司がこうだと言えば、自分に反対意見があっても素直に従う。(はい=0; いいえ=1)

 結果的に、システム温のS1、体温のB1を除いて他の8問は質問項目を入れ替えている。これらの10質問項目のうち、システム温の質問S2、S4、体温の質問B5については、「はい」ならば0点、「いいえ」ならば1点、他の7つの質問項目については、「はい」ならば1点、「いいえ」ならば0点を与えて、それぞれ点数を足し合わせて、改めてシステム温、体温と定義することにしたのである。また、それと同時に、ぬるま湯についての質問Q1の回答も「Yes/No」から「はい/いいえ」に切り替えることにした。

 この改良版体感温度測定尺度を用いて、1990〜2000年の11年間に、のべ10,536人のデータが集められたが、その結果は、表3、図4のようになった。体感温度が-5のときに92%の人がぬるま湯だと答えて、体感温度が0のときに59%の人がぬるま湯だと答えている。体感温度仮説通り、体感温度が上がるとぬるま湯比率が下がるという驚くほどきれいな直線的な関係が現れていることがわかる。体感温度5を除いた回帰直線は

ぬるま湯比率=-0.0652×体感温度+0.6009

で、決定係数はR2=0.9886となっている。

表3. 体感温度(改良版)とぬるま湯比率(JPC1990〜2000調査; N=10,536)       
ぬるま湯感体感温度
-5-4-3-2-1012345全体
Yes27867611131388138911126572811063217033
No 231122674736757756073701316283503
全体 3017881380186120641887126465123794910536
ぬるま湯比率 92%86%81%75%67%59%52%43%45%34%11%67%
(出所) 高橋(2003) 表3を加工したもの。

ぬるま湯比率(%)
体感温度

図4. 体感温度(改良版)とぬるま湯比率(JPC1990〜2000調査; N=10,536)
(注) 図示されている回帰直線は体感温度-5〜4についてのもの。体感温度5は9人(全体の0.1%)しか該当者がいなかったので、回帰分析から除いた。
(出所) 高橋(2003) 図6。

 この体感温度仮説については、JPC調査以外にも追試が行われている。たとえば、X社の10年分以上のデータ(Takahashi et al., 2014)でも、図4と同様に線形の関係が得られている。

ゆでガエル現象

 体感温度仮説が正しいとすると、ある現象の生起を予想できる。たとえば、図5の「湯かげん図」の右上隅の点は、体温もシステム温も5であることを意味している。システム温5から体温5を引いて体感温度は0ということになる。ところが左下隅の原点のところもシステム温0、体温0であるから引き算をするとやはり体感温度0になる。実は、図5の中で左下隅と右上隅を結んだ45度の傾きをもった直線上の点は全部体感温度0となっているのである。もし体感温度仮説が正しければ、この直線上にのった人はみな適温と感じていることになる。しかし、右上隅は確かにシステム温も体温も高くて、システムも人も変化性向が大きく、システム・人が一体となって変化することを指向した組織であるのに対して、左下隅は組織のシステムも人も変化性向が小さく、組織のシステムが現状に甘んじることを肯定しているだけではなく、そのメンバーも現状に甘んじることが体に染み着いているために、そうしたシステムの状況に気が付いていないという危険な状態にあると考えられる。このことは、組織や職場の状態を、その中にいるメンバーの「感じ」だけで判断してしまうことの危険性を示唆しているわけだが、さらに想像をたくましくすることもできる。たとえて言えば、適温だ、いい湯だと思って風呂に長々と浸かっていると、湯の温度(システム温)は自然に下がっていってしまう。ところが、本人の体温もそれにつれて低下していると、そのことに気付かず、いつしか平気で水風呂の中につかり、そのうち風邪をひいてしまうということが十分に考えられるのである。それで誤解を避けるために、図3では右上の領域は「適温」としているが、左下の領域は「水風呂」としているのである。

 さらに「湯かげん図」から、体感温度仮説が正しければ、「ぬるま湯」と感じることは必ずしも悪いことではないことも分かる。図5で左下隅と右上隅を結んだ45度の傾きの体感温度0の直線上に点Aと点Bがある。どちらも「適温」と感じているはずである。それに対して「ぬるま湯」領域に点Cがあり、体感温度がマイナスになっているこの点では「ぬるま湯」と感じているはずである。点Aは点Cと比べると、体温は同じだがシステム温が高いので、点Aの方がより望ましい状態であるといっていい。しかし同じ体感温度0の点でも点Bと比べれば、点Cの方がシステム温は同じでも、体温がより高いので望ましいのではないだろうか。点Cでは人の側で現状を打破したいという意欲が高いがために「ぬるま湯」と感じているわけだから、同じシステム温でも低体温故に何も感じない点Bに比べればずっとましだということになる。


図5. 体感温度仮説と「ゆでガエル現象」
(出所) 高橋(2001) p.97, 図8。

 これと類似のことが「ゆでガエル現象」として指摘されている。ゆでガエル現象は、もともとカエルが主役の古典的な生理学的反応実験のアナロジーなので、水風呂のケースとは温度の高低の設定は逆になっているが、同じ現象である。1980年代前半の米国の鉄鋼、自動車などの産業が苦境に立たされた原因として「ゆでガエル現象」(boiled frog phenomenon)として指摘されている(Tichy & Devanna, 1986)。この現象はもともとカエルが主役の古典的な生理学的反応実験のアナロジーなので、温度の高低の設定は逆になっているが、カエルを突然熱湯に入れると、カエルはすぐに飛び出すが、カエルを冷水の鍋の中に入れて、ゆっくりと熱を加えていけば、温度の変化がゆっくりなので、カエルは熱湯になっていっていることに気付かず、飛び出すことなく、鍋の中でゆで上がって死んでしまうという現象を指している。このことは、組織や職場の状態を、その中にいるメンバーの「感じ」だけで判断してしまうことの危険性を示唆しているだけだが、さらに想像をたくましくすることもできる。例えて言えば、適温だ、いい湯だと思って風呂に長々と浸かっていると、湯の温度(システム温)は自然に下がっていってしまう。ところが、本人の体温もそれにつれて低下しているため、そのことに気付かず、いつしか平気で水風呂の中につかり、そのうち風邪をひいてしまうということが、十分に考えられるのである。

 しかし、本当にそうだろうか。確かに図3のように、企業をプロットすると、企業レベルではシステム温と体温の間に正の相関があり、システム温の高い企業は体温も高いことがわかる。それでは、強くはないが、正の相関があったということは、システム温を上げれば体温も上がる、あるいは、システム温を下げれば体温も下がるということを意味しているのだろうか? 実はこの正の相関には二つの可能性が考えられる。

  1. 各個人のレベルで、システム温が上がるにしたがって、「からだ」も温まり、体温が上がっていくケース。
  2. 企業のシステム温の平均が上がることで、それに耐えられないような低体温の人は組織を離れ、それに耐えられる高体温の人だけが残っていくこと、さらに、高システム温を適温と感じる高体温の人がそれ以降採用で入ってくることによって、各企業のレベルで体温の平均が上がっていくケース。

 風呂のアナロジーで考えても「ゆでガエル現象」で考えても一見もっともらしいaのケースについては、実はいままでのところ何の証拠もない。むしろ、体温には恒温性があると考えられる。実際、システム温と比べて、体温の変化はかなり緩慢で安定しており、恒温性がある(高橋, 1997, p.166)。JPC1990〜2000の11年間、のべ10,549人の調査では、システム温と体温の相関は正だが、相関係数は0.108と低かった。むしろ、上述のbのケースの方がもっともらしい。ヒアリング調査の中では、「熱湯」領域では、人の出入りが激しく、離職率も高いというケースが、頻繁に聞かれる。

 別の根拠もある。図4の回帰直線、決定係数を計算するに当たっては、体感温度5の人を計算に入れてない。それは、あきらかにこの点が直線から乖離しているという理由からだけではない。実は、JPC調査では、ほぼ1万人も調べているのに、体感温度が5の人(多分、熱いと感じているはず)はたったの9人、わずか0.1%しかいなかったのである。体感温度4の人も94人しかいない。体感温度4と体感温度5の人を足しても103人にしかならず、全体の1.0%しかいなかったことになる。回帰直線からややふらついている体感温度2以上の人は、全部合計しても991人、9.4%しかいない。体感温度が高い人は非常に少ないことになる。これは測定尺度の問題ではなく、体感温度が高いと、熱くて入っていられない熱湯状態だということが、JPC調査以外の調査からも次第にわかってきた。

 例えば図6は、1992年に実施した産業機器メーカーI社の全従業員調査のデータから作成した年齢別湯かげん図である。システム温、体温ともに偏差値表示になっているが、システム温と体温の平均は他の会社と比べても平均的な値であった。ぬるま湯比率が約6割というのも標準的な値である。ところが図6を一見してわかることは、年齢が上がるに従って不思議な動き方をしているということである。図3ではシステム温の高い会社は体温も高いという大雑把な関係が見られた。同じような傾向は図6でも、20代後半以降では確かに見られる。ところが、10代と20代前半になるとこの傾向は逆になり、両方とも熱湯の領域に入っているのである。実は、I社の場合、10代・20代前半の離職率がかなり高い。I社では「I学校」と自ら呼んでいるくらい、最初の5年くらいは学歴に関係なく高卒であろうと高専卒であろうと大卒であろうと徹底的に仕込んでいる。5年もたつと一人前になるかなという感じがするそうだが、その間、その厳しさに耐えられない若者がどんどん抜けていく。新卒で同期入社した者は5年でほぼ半減するといわれる(入社後5年の推定年間離職率は12〜13%ということになる)。つまり、I社の熱湯領域では、その熱さに耐え切れなくなった10代・20代前半の人が辞めていたのである。そして、高システム温に耐えられない低体温の人が脱落していくことで、体温の平均が上昇していくという現象が見られたことになる。

体温(偏差値)
システム温(偏差値)

図6. 産業機器メーカーIの全従業員(2,128人)の年齢別湯かげん図(1992年)
(出所) 高橋(1997) p.167, 図11。

 人は熱湯には耐えられないという調査データがもう一つある。それは1992年に実施した金融機関Pの全27営業店従業員の調査である。図7に示すように、P社はぬるま湯比率が48.0%しかなく、しかも、このP社の体温の平均は他の会社とほとんど変わらない水準にある。体温が高いわけでもないのに、システム温だけが高いために、分布全体が中心から右にずれた形になっており、体感温度が上がってしまっていた。従業員の「熱い」「早く出たい」という悲鳴が聞こえてきそうな散布図である。それを裏付けるように、「現在の職務に満足感を感じる」と答えた人は33.3%しかおらず、「チャンスがあれば転職または独立したいと思う」人が78.6%もいたのである。 実際、この結果を見せてP社の人事部でインタビューしたところ、驚くべきことがわかった。このP社は本店も入れると1000人弱くらいの人が働いているが、毎年100人以上も新規に採用しているのに、この10年間ほとんど人数が変わっていないというのである。つまり、ほぼ同じ数だけ辞めてしまうのである。調査をした1992年当時はバブルの終わり頃で、P社に限らず、まだどの会社も活気に溢れ、いくらでも仕事が舞い込んでくるような状況だった。P社も猛烈に忙しく、そんな中、会社を辞めていく連中はだめなヤツで、新陳代謝が速いことは良いことだと思われていた。ところが最近、こいつはこの会社を背負っていくのではないかと思っていたような中堅どころが辞めていくようになったので、さすがに経営者側も不安になり、調査してもらうことになったという。実際、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったP社も、人材流失が止まらず、2000年には経営破綻している。

体温
システム温

図7. 金融機関Pの全27営業店従業員(402人)の営業店別湯かげん図(1992年)
(出所) 高橋(2003) 図8。

 同様のアイデアで、小売店舗における顧客の「スピンアウト」「ドロップアウト」を体感温度で説明しようという試みも行われている(山下, 諸上, 2017, ch.6)。

景気後退の先行指標としてのぬるま湯感

 このように、ぬるま湯感の発生は不活性状態の典型ではないということが分かっているのだが、一般的には、ぬるま湯的状態は不活性状態と思われがちである。それでは、「ぬるま湯」には、どうして悪い印象があるのだろうか。それは、成長性が高い会社はぬるま湯感が低く、逆に、成長性が低くなるとぬるま湯感が高くなるという関係があるためである。実際、成長期の会社4社・安定期の会社4社・低迷期の会社2社を調べてみたときには明らかにその傾向が見られた。成長期の会社はぬるま湯比率が低く、低迷期の会社はぬるま湯比率が高かったのである(高橋, 1990)。

 そのことを別の角度から示しているのが図8である。この図では、棒グラフがぬるま湯比率、折れ線グラフは体感温度を表している。ただし、体感温度の軸は上下が逆にしてあって、上にいくほど体感温度が低くなるようにしている。一目で見てわかるように、体感温度の上下とぬるま湯比率の上下は大体リンクしている。これを見ると1992年、1995年、2000年のぬるま湯比率が高いことは一目瞭然である。1992年はいわゆるバブル崩壊の年で、ぬるま湯比率は74.1%にまで達する。ちなみに、当時「バブル」という言葉はあったものの、バブルが崩壊するということは学者も評論家も言っていなかった。事後的、回顧的に1992年頃にバブルが崩壊したと判断しているだけである。1995年は消費税が上がって景気が失速し、デフレになってがたがたと崩れたときである。このときも75.3%まで、ぬるま湯比率は上昇している。そして2000年にはITバブルがはじけて、71.0%までぬるま湯比率が上昇するが、このときも、まだそのような雰囲気は漂っていなかったし、誰も景気が後退局面に入るという趣旨の発言をしていなかった (高橋, 2003; Takahashi, 2013)。


図8. ぬるま湯比率の推移と体感温度(JPC1990〜2000調査)
(出所) 高橋(2003) 図10。

 日本の主要企業のぬるま湯感は、景気後退の先行指標になっている可能性がある。そこで、後付けではなく、そのことを立証するために、ITバブルの真っただ中、2000年10月17日に開催された経営研究所・人材開発専門研究会の例会で、「最近2年間に関しては、体感温度は下降し、「ぬるま湯」感は上昇している。このことに基づけば、景気は減速し、後退局面に入りつつあるように考えられる」と発言し、「例会記録」(p. 12)に公式に記録してもらった。実際、当時はITバブルが始まったばかりで、誰も景気が後退局面に入るという趣旨の発言をしていなかったのだが、それから14か月後に発表された『平成13年度 年次経済財政報告』では、「第1章 力強い景気回復の条件」「第1節 短命の回復から再び景気後退へ」の冒頭段落で「各種指標から判断すると、2000年後半から2001年初めにかけて景気が後退局面に入った可能性が高いと考えられる。つまり、今回の景気回復は2年に満たない、戦後最短の景気回復局面であった可能性が高い。」と書かれた。そして、この翌年度の『平成14年度 年次経済財政報告』の「第1章 景気回復力の展望」「第1節 景気底入れの背景」の冒頭では「日本経済は、2000年10月に景気の山を越え、景気後退局面に入った」とさらに時期が特定された。つまりぬるま湯感や体感温度は景気後退の先行指標だったのである。

 では、どうしてぬるま湯比率は景気の先行指標的に反応するのだろうか。これは、たとえていえば、われわれが車を運転しているとき、アクセルを踏むと加速がつくので体が後ろに持っていかれるが、逆に、ブレーキを踏むと体が前のめりになるという現象と似た現象なのである。このとき人間の体は、そのまま等速直線運動しようとしているので、急に加速したり急に減速したりすると、慣性の法則に従って体が後ろに持っていかれたり、前につんのめったりする。実は、システム温が変化しても、体温は安定しており、あまり変化しないことがわかっている。だから、ブレーキを踏んだときの感覚、体が急に前のめりになる感じのときは、ぬるま湯と感じるのである。

 変化性向という言い方はその点言い得て妙である。実際、ブレーキを踏むと、会社は本当に変化しなくなってしまうからである。たとえば人事異動が減る。転勤が減る。新しい仕事が減る。昇進もしなくなる。新人も入ってこなくなる。組織編成も変わらないし、要するに身の回りの世界に変化がなくなる。こうなるとシステムの変化性向であるシステム温は下がる。バブル景気のときと比較してみれば雲泥の差である。あの頃は、とにかく忙しかった。毎日のように新しい仕事が飛び込んで来て、組織替えや人事異動も年中行事。どこに行ってもホテルはビジネス客で満室というくらい皆出張ばかりしていた。新しい部署がどんどんできて、新人もどんどん入ってくる。それでも足りなくて中途採用も頻繁に行われていた。つまり、ぬるま湯感が上がるのは、その企業がブレーキを踏んでいるときであり、多くの大企業がブレーキを踏んでいると、やがて国全体の景気が後退していくのである。

 より正確に言えば、会社がブレーキを踏んで、成長率を落としているときに、ぬるま湯だと感じることになる。だから、「じり貧」の会社で、社員がぬるま湯感を感じるのは道理なわけだが、それは「体質」の問題ではない。ぬるま湯感は経営側のアクセル/ブレーキの踏み具合の問題なのである。「体質」的には、むしろ社員の体温が高く維持されたままだから「ぬるま湯」と感じているわけで、ぬるま湯だと感じている高体温の社員が多いうちに、経営側はブレーキをアクセルに踏み替えなくてはタイミングを失うことになる。低体温の社員ばかりになってしまった後でアクセルをいっぱいに踏み込めば、社員の大量離職で出血が止まらない事態に陥るだろう。アクセルもブレーキも踏みっ放しでは、やがて組織が滅亡する。

 日本企業は、欧米企業と比べれば非マニュアル的だと思われがちである。しかし今井の『カイゼン』(Imai, 1986)によれば、日本の会社でも、従業員は設定された標準に基づいて働いており、そうした標準の「維持」と、標準自体を向上させる「現状打破」という二つの要素から仕事が成り立っていると考えられている(今井, 1991, pp.48-50)。つまり、「標準のないところにカイゼンはない」のであり、「標準はよりよい標準に取って代わられるためにのみ存在する」(今井, 1991, pp.157-158)。日本企業は、景気変動という外圧を利用して、アクセルとブレーキを踏み替えることで、システム温を上げ下げし、全社的な「現状打破」(アクセル時) と「維持」(ブレーキ時)を使い分け、繰り返してきたことになる。そのことで、「じり貧」に陥ることを回避してきたのかもしれない。

 また、近藤(1992)は、システム温が低いのに体温が高いぬるま湯の状態とは、外発的に動機づけられる機会がないにもかかわらず、組織に対して貢献している状態であると指摘しているが、だとすれば、ぬるま湯の状態で働く人は、内発的に動機づけられて働いていることになる。実際、組織メンバーが内発的に動機づけられているからこそ、調査データでも表2が示すように、ぬるま湯感と充実感が共存しているのである。もし外発的に動機づけられている人間ばかりであれば、ぬるま湯領域では職務満足は発生しない(高橋, 1997, ch.5)。そして、内発的に動機づけられているからこそ、最適チャレンジが追及されるのであり、それは体温(=組織人としての変化性向)が高いというポジショニングとも合致する。要するに、ぬるま湯的体質と改善体質は相性がいいのである(逆に、熱湯は改善と相性が悪い)。


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