Foster (1986) Innovation: The attacker's advantage (Macmillan)によれば、技術進歩はS字型を描くとされる。しかし、Ogami (2015)によれば、板ガラス成形技術のフロート法で成形可能な厚みの進歩を見てみると、グラント・バック条項のあるライセンス契約が技術進歩のS字曲線(S-curve)を形作っていることに気がつく。具体的に、ライセンス初期においては、ライセンシング・コミュニティ内で、ライセンシー間の開発競争がはじまり、成形可能な厚みの進歩が加速する。しかし、特許の期限切れを意識するようなライセンス末期においては、 特許の期限切れ後、自由な技術開発競争が始まった際に他社を出し抜くため、グラント・バック条項の下では、研究開発は抑制されてしまうと考えられる。そのため、技術の進歩が止まったように見える。しかし、実際には、これは自然法則に基づかない疑似S字曲線であり、事実、フロート法の場合には、特許の期限切れの後、急激な技術進歩が再開する。
Ogami (2016)は、1954年から2015年までのガラス産業のfloat processに関する特許の出願動向のデータを用いて、技術のS字曲線(S-curve)が出現するかどうかを検証する。横軸を時間にした場合、米国、ヨーロッパでは技術のS字曲線らしきものが出現するが、日本では見られなかった。S字曲線は技術の物理的限界を表すものとされるが、正確には、Foster (1986) Innovation: The attacker's advantage (Macmillan)は、性能向上のために投じた努力量と、その成果の関係を表す関数だとしていた。性能向上のためにどれだけの努力量を投入するかは、企業によっても、社会的要因によっても異なるはずである。そこで本稿では、さらに企業ごとにも分析を行い、(1) 各企業が市場の要請にいかに応えたかについて、(2) Ogami (2015)が示唆していたライセンス契約におけるグラント・バック条項(grant-back clauses)の影響について、実際のデータを用いて検討した。
東海道新幹線は1964年の開業当時、世界に類を見ない最高速度200km/hを超える電車として登場した。航空機との競争のためには、さらなる速度向上が必要だったが、その後20年間、最高速度は向上しなかった。その間、技術的に可能な速度である試験車両の最高速度は向上していた。営業速度向上を妨げていたのは技術的要因ではなく、次の社会的・組織的要因だった。(1)社会的要因: 騒音の環境基準設定や公害訴訟により、速度向上より環境対策が優先された。(2)組織的要因: 国鉄時代にストライキと遅延が頻発し、ダイヤに余裕時間が必要だった。しかし、1987年の国鉄の分割民営化の時期に前後して、(1)環境基準が緩和され、裁判が和解した。(2)国鉄の民営化に直面し、労働運動が下火になり、労働組合が解体した。これにより阻害要因は取り除かれ、営業速度が向上し始める(Kikuchi, 2016)。