産業集積


産業集積論

 MarshallとWeberの理論は産業集積(industrial agglomeration)論の古典とされる。Weber (1909)『工業立地論』(Ueber den Standort der Industrien)の理論は「何もない状態から予想可能な利益をもとに集積が発生するプロセスを考察」しており、Marshall (1890)『経済学原理』(Principles of economics)の理論は「作り出された集積が自己強化的に存続するプロセスを考察」しているという違いがある(稲水・若林・高橋, 2007)。 Marshall の系譜では、産業集積というシステムの機能論に重点を置いて研究が展開され、システムの発生は偶然によるものと片付けら れていた。それに対して Weber の系譜では、産業集積のシステムの発生を事前合理的な企業行動の結果と捉えていた。

 他方、現代の産業集積論といえるのがクラスター論である。Porter (1998) On competition (Harvard Business School Press)は、生産資源の入手や市場へのアクセスの面で世界的な同質化が進む中で、産業クラスターにおける地域的な競争優位の構築の重要性が高まることを指摘し、グローバル化の時代にこそ立地が重要になることを「立地パラドクス」と呼んだ。同様に、産業横断的に利用されるプラットフォームが登場すると、企業の技術基盤の世界的な同質化する一方で、差別化を実現するために企業特殊的な技術蓄積が求められるようになる。Wada, Ichikohji, and Ikuine (2014)では、これをplatform paradoxと呼び、その事例として家庭用ゲームソフト産業を取り上げる。同産業では、2000年代からゲームエンジンおよびミドルウェアといった開発におけるプラットフォームの利用が一般化し、世界的に同質化が進んだ。日本の福岡市のゲーム産業クラスターでは、ゲーム開発企業がこれらのプラットフォームを使いこなす技術力の高さで差別化するために、企業間で技術交流を進める協調体制を整備し、ハードウェアや開発ツールを使いこなすための知識交流を積極的に進めることによって、企業特殊的な技術蓄積を行っている。

 ソフトウェア産業の産業集積としては、中国大連では、日本語人材の存在が、ソフトウェア産業における日本企業の進出を促し、日本企業とビジネスを行うハイテク企業の集積が形成されたと従来から指摘されている。Kobayashi (2014)によれば、(1)集積初期の熟練労働者の創出に、進出した日本企業が大きな役割を果たし、(2)特定の日本企業との取引によって中核企業に成長した中国企業が自ら日本語人材の育成に取り組み、他の日系企業を誘致し、(3)現在では外資系企業や現地中核企業からの人材のスピンオフによって熟練労働者市場が形成されているというような段階を経て、産業集積が形成されてきた。同じハイテクの産業集積の代表例であるシリコンバレー(SV)の産業集積については、多くの研究が、SVの企業は域内で醸成される商習慣に馴染むことで必要な資源を獲得できると指摘し、それが定説となっている。だが、大連においては、そのような傾向は見出せない。大連のソフトウェア産業は、対日ビジネスで特徴づけられ、日系の多国籍企業(MNE)の影響力が強い。そのため、産業集積内の中核企業は、MNEの日本本社やその海外子会社と取引する必要から、MNEの本国本社の経営システムを積極的に採用することで成長し、産業集積を形成してきた。すなわち、同じハイテク産業集積とはいっても、SVの企業は域内の商習慣に馴染むことが資源獲得の要件となり、対照的に、大連の現地中核企業はMNEの商習慣を採用することが資源獲得の要件となっている。SVをハイテク産業の産業集積全般に普遍化することはできない(Kobayashi, 2016)。

 Inamizu and Wakabayashi (2013)は、MarshallとWeberの2つの理論を統合することで、産業集積を動態的に見るための枠組を示す。具体的には、産業集積外の市場から需要を取り込み、産業集積内のネットワークを生かしてそれに対応する「ゲートキーパー」的存在に着目する。実例として、Mizuno (2014)が取り上げた京都試作ネットでは、「仕様が決まっていない」「見積もりを立てようがない」「常識から考えると 無茶苦茶な要求」といった他社が引き受けようとしない注文まで積極的に引き受けている。その好循環を生む理由は三つある。(1)参画時: メンバー企業は、利益や時間の5%程度を新たな取り組みや自社の成長、イノベーションの機会に充てる「5%ルール」実践の場だと覚悟して参画する。(2) 試作中: 最先端の研究開発に携わること自体で、従業員はモチベートされ、企業も研究開発に関する情報を得られる。(3)試作後: 最先端プロジェクトの受注実績を積むことで、実績がないために受注できないという中小企業の悪循環を断つことができる。


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