組織文化の国際比較


ホフステッドの調査の概要

 ホフステッド(Geert Hofstede; 1928-)の『経営文化の国際比較』 (Culture's consequences) (Hofstede, 1980)は、多国籍企業における文化の国際比較を40ヶ国にわたって行なったという点で注目すべき研究である。一般的に普及して邦訳もあるのは1984年の簡略版(Hofstede, 1984)の方であるが、まずは、ホフステッドの行なったIBMを対象としたといわれる調査の概要をまとめておこう(Hofstede, 1984, ch.2)。ただし、IBMは同書中HERMESとニックネームで仮称され、IBMはいまだにHERMESがIBMであることを公式には認めていない。

 ホフステッドの調査は1967〜1973年に行われたもので、66ヶ国、のべ約117,000名からデータが集められたという。調査は第1次調査と第2次調査とからなり、表1のようなスケジュールで行なわれた。第1次調査のうち、1967年6月の調査データはそれ以後の調査とは異なる質問が非常に多かったので用いられなかった。第1次調査の結果、新しい調査票が作られた。新調査票はすべての第2次調査で用いられる60問の中核的質問(A1〜A60)と、使用が推薦される66問のオプション質問(B1〜B66)とから構成されていたとされる。

 第1次・第2次調査のデータのうち、国間の比較のための国別得点は、営業部門、管理部門のデータが用いられ、製品開発部門、製造部門のデータは用いられなかった。したがって、営業部門と管理部門とでは調査が2回行われていて、表2のうち網掛け部分が国間比較に用いられたデータの収集に関する部分である。  職種カテゴリーのいくつかで欠けているデータは、他の職種カテゴリーから推測したとされる。1回だけ欠けている場合には、2回の調査の間にその国の他の職種で生じた平均の変化を用いて推測し、2回とも欠けている場合には、全世界データでの職種間差異で修正した上で、その国の他の職種のデータから推測されているという。

 この結果、39ヶ国のデータが利用可能となり、うち30ヶ国で調査を2回実施したことになる。これにIBMの支社ではないが、ユーゴスラビアで他の製品とともにIBM製品の販売・サービスをしている労働者自主管理の輸出入組織のデータが1971年に得られたので、このユーゴスラビアを40番目の国として加えている。当時のユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、1991年からの紛争で解体が進み、2003年にはユーゴスラビアという国名はなくなり、2006年には国家連合も解消されて、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの独立国に解体した。さらに2008年にはセルビアの自治州であったコソボが独立を宣言している。

 第1次調査から第1回分として1967〜1969年にかけて集められた31,218名分のデータ、第2次調査から第2回分として1971〜1973年にかけて集められた40,997名分のデータが分析に用いられたことになる。つまり、ホフステッドの分析は1967年〜1973年に行われた40ヶ国のIBMの営業部門、管理部門ののべ72,215人の回答をもとにして行われたということになる。この2回の調査で比較的安定している(スピアマンの順位相関係数ρ>0.5)質問を使用して分析を行なったが、ρ≦0.35 の該当5問は除き、0.39≦ρ≦0.49 の該当5問は当分残すことにして分析が始められる(うち2問は後で除かれた)。

表1. ホフステッドの調査の概要
 第1次調査  (1967〜1970年、53ヶ国(18ヶ国語)、約60,000名)
  1967年6月 製品開発部門(6ヶ国(5ヶ国語))
  1967年11月アジア、ラテン・アメリカ、太平洋諸国の全社員(26ヶ国(4ヶ国語))
  1968〜69年ヨーロッパ、中東諸国の全営業・管理部門
  1970年 全製造工場(13ヶ国)
 第2次調査  (1971〜1973年、66ヶ国(18ヶ国語)、約60,000名)
  1971年 製品開発部門の再調査……古い項目と新しい項目からなる過渡的な調査票
  1971〜73年営業・管理部門の再調査…新しい調査票
(注)
 
第2次調査の回答者は第1次調査の回答者と一部重なっている。第2次調査の回答者6万人のうち、3万人は第1次調査にも参加していた人、2万人は第1次調査以後に入社した人、1万人は第1次調査の対象から外れていた集団や国に所属していた人、という内訳になっている。
 第1回 1967〜1969年 31,218名
 第2回 1971〜1973年 40,997名
(出所) 高橋(1995) p.128, 表1。

国民文化の四つの次元

 IBMデータに現れたとされる国民文化の四つの次元(the four dimensions of national culture)を順に見ていくことにしよう。

(a)権力格差

 権力格差(power distance)とは、上司と部下の間の権力格差のことで、「上司が部下の行動を規定することができる程度と部下が上司の行動を規定することができる程度との差である」と定義されている(Hofstede, 1984, p.72 邦訳p.78)。実際の分析では、権力格差指標(Power Distance Index; PDI)が用いられている。権力格差指標の算出式は次のようになっている。

PDI=135−25×B46(平均)−A54(3の%) +A55(1+2の%)
しりごみ  相談的管理者 上司を独裁的か
 を選好する%  説得的と知覚する%

 理論的には -90≦PDI≦210 の値をとりうるが、実際の値は 11≦PDI≦94 であった。またPDIは職種(occupation)によって非常に異なり、教育レベル、地位レベルの低い職種ほどPDIは高くなる傾向がある(決定係数R2=0.88)。算出のもとになっている質問項目は次のとおり。

B46. あなたの経験から考えて、次の問題がどの位の頻度で起こっていると思いますか: 従業員が所属長に反対を表明することをしりごみすること。

  1. 非常にしばしば起こる
  2. しばしば起こる
  3. ときどき起こる
  4. めったに起こらない
  5. ほとんどおこらない

A54 & A55. ここに次のような4人の異なるタイプの管理者がいます。この文章をよく読んで、質問に答えてください。

A54. あなたは一般に、どのタイプの管理者のもとで働きたいと思いますか。一つだけ選んでください。

  1. 管理者@
  2. 管理者A
  3. 管理者B
  4. 管理者C

A55. あなたの所属長は、上記のタイプのうちどれにもっとも近いですか。一つだけ選んでください。

  1. 管理者@
  2. 管理者A
  3. 管理者B
  4. 管理者C
  5. どれにも該当しない

(b)不確実性の回避

 不確実性の回避については、まず不確実性を回避する二つの方法、規則への志向性(質問B60)と雇用の安定性(質問A43)、そしてこの2変数と関連のあるストレス(質問A37)についての質問項目をもとにしている。2変数とストレスとの間には直接の因果関係はないが、不安水準と安全への欲求との間に次のような関係があるとされている。

ストレス ← 不安水準 → 安全への欲求 → 規則遵守・雇用安定への志向

 実際の分析では、不確実性回避指標(Uncertainty Avoidance Index; UAI)が用いられている。不確実性回避指標は次のようにして算出されている。

UAI=300−30×B60(平均) −A43(1+2の%) −40×A37(平均)
 規則への志向性 長くてあと5年  仕事で神経質、緊張
 しか勤務しない% 

 理論的には -150≦UAI≦230 の値をとりうるが、実際の値は 8≦UAI≦112 であった。UAIは回答者の平均年齢との間に相関があった。算出のもとになっている質問項目は次のとおり。

B60. 会社の規則は破るべきではない−たとえ従業員がそうすることが会社にとって最善であると考えたとしても。

  1. 大いに賛成
  2. 賛成
  3. どちらともいえない
  4. 反対
  5. 強く反対

A43. 今後いつまでこの会社で働き続けたいですか。

  1. 長くて2年
  2. 2年から5年
  3. 5年より長い(しかし多分定年までは勤務しない)
  4. 定年まで

A37. あなたは仕事の上で、神経質になったり、緊張したりすることが、どの程度の頻度でありますか。

  1. いつも
  2. 通常
  3. ときどき
  4. めったにない
  5. 決してない

(c)個人主義と男性らしさ

 指標の作成に因子分析を用いたという個人主義指標(individualism index; IDV)と男性らしさ指標(masculinity index; MAS)については、その算出方法が、事実上明らかにされてこなかった。こうした事情もあって、Hofstedeの研究は非常によく知られているにもかかわらず、藤田(1999)以前には、厳密な意味での第三者による追試は行われてこなかった。ここでは、藤田(1999)によって初めて明らかにされた2指標の算出方法を整理しておこう。ホフステッドは「仕事の目標(work goals)」に関する14の質問における、国ごとの平均値をもとにして因子分析を行っている。因子分析の結果は表2に示される。

表2. 個人主義(第一因子)と男性らしさ(第二因子)  
因子負荷量 質問: (次の各項目は)あなたにとってどの程度重要ですか。
 1.きわめて重要  2.非常に重要  3.まあまあ重要
 4.ほとんど重要でない  5.まったく重要でない  
平均標準
偏差
第一
因子
第二
因子
-0.45-0.54A5挑戦的な仕事をもち、それによって個人的な達成感が得られること。1.620.43
-0.360.59A6あなたやあなたの家族にとって望ましい地域に住むこと。2.040.73
-0.03-0.70A7高収入の機会があること。1.870.45
0.370.69A8互いによく協力し合って人々と働くこと。1.760.47
0.830.02A9(あなたの技能向上や新技能修得のための)訓練の機会があること。1.710.54
0.400.09A10よい付加給付があること。2.240.60
-0.24-0.59A11よい仕事をしたときにそれを認められること。1.960.61
0.700.00A12物理的作業条件が良いこと(良い換気、照明、適切な作業スペース)。2.260.51
-0.49-0.03A13自分なりのやり方で仕事をするかなりの自由があること。1.840.42
0.050.48A14希望する限り会社で働けることが保証されていること。2.010.65
0.18-0.55A15昇進の機会があること。1.800.59
-0.160.69A16上司との良好な仕事上の関係があること。1.810.34
0.63-0.40A17自分の技能や能力を仕事で十分に発揮すること。1.750.33
-0.860.01A18自分自身あるいは家庭生活のために十分な時間をとれる仕事をもっていること。2.080.80

 そして、14の質問項目に対する各国の平均値の分散の46%を説明することのできる二つの因子に注目し、第一因子を個人主義の程度と関連づけ、第二因子を男性らしさの程度と関連づけている。第一因子は、組織からの独立性を強調する目標と、独立性を強調しない目標とを対立させているので、「個人−集団(individual-collective)」因子と名づけられている。第二因子は、管理者および協調を重視する態度と、収入を重視しない態度とに特徴づけられ、「社会−自己(social-ego)」因子と名づけられている。これら二因子の因子得点(factor score) INV、SOCを簡単な一次式

IDV = 50 + 25 INV
MAS = 50 − 20 SOC

に代入することで、指標の値が0から100の範囲におさまるようにIDV、MASを算出している(Hofstede, 1980, p.242; p.299)。ただし、第二因子の方は、アンケートの回答者が主として男性であって、男性が重要視する目標の因子負荷量(factor loading)が負になっているとして、因子得点にマイナス1をかけて符号を逆にしている(Hofstede, 1980, p.277)。こうすることで、収入や昇進を重視し、上司との関係や協働をあまり重視しなければ、この指標の値が大きくなることになる。ホフステッドによれば、仕事の目標の重要性に関する調査データでは、ほぼ一貫して男性は昇進と収入を重視しており、女性は対人的側面、サービスの提供、物理的環境を重視しており、その傾向はIBM社のデータにおいても見出されたという。このようにホフステッドは、男性は自己的で、女性は社会的と考えたために、この指標を男性らしさ指標と名付けた。

 ところが、標準化された変数のデータ行列から各因子の因子得点INV、SOCを求めるための重み係数(standardized scoring coefficientまたはfactor score coefficient; 以下、因子得点係数と略記)は記載されていたものの(Hofstede, 1980, pp.299-309)、データ行列の標準化の仕方等のいわば分析の「前工程」をブラックボックスにしていたために、事実上、第三者が追試調査データで因子得点を計算することは不可能だった。そんな中でHofstedeの算出方法を初めて明らかにしたのは藤田(1999)である。まず、表2に示した「仕事の目標」の各質問の回答1点〜5点をもとに、次の2種類の平均と標準偏差を計算する。

  1. 各質問について国別に計算した平均
  2. 各質問のサンプル全体の平均(表2に示してある)
  3. 各質問のサンプル全体の標準偏差(表2に示してある)

次に質問A5〜A18のそれぞれについて、

(a国別平均−bサンプル全体の平均)/cサンプル全体の標準偏差

と標準化することで、質問A5〜A18ごとの国別平均の標準得点A5〜A18を求める。これを使って、次の算出式を用いて因子得点の推定値を計算する。

INV'
 
=−0.13A5−0.11A6−0.01A7+0.11A8+0.25A9+0.12A10−0.07A11
 +0.21A12−0.15A13+0.01A14+0.06A15−0.05A16+0.19A17−0.26A18
SOC
 
=−0.17A5+0.19A6−0.22A7+0.22A8+0.00A9+0.03A10−0.19A11
 +0.00A12−0.01A13+0.15A14−0.18A15+0.22A16−0.13A17+0.01A18

また、実は第一因子は「集団主義」と関連づけられる因子であるが、Hofstedeはこれを個人主義の指標として定式化するために、第一因子の因子負荷量と因子得点係数にはマイナス1をかけている。このためINV’にマイナス1をかけたものがINVとなるから、

IDV = 50 − 25 INV'
MAS = 50 − 20 SOC

これで、2指標の値が求められる。

表3. 国民文化の四つの次元
国名  権力格差 
PDI
不確実性回避
UAI
 個人主義 
IDV
男性らしさ 
MAS
アルゼンチンArgentina49864656
オーストラリアAustralia36519061
オーストリアAustria11(min)705579
ベルギーBelgium65947554
ブラジルBrazil69763849
カナダCanada39488052
チリChile63862328
コロンビアColombia67801364
デンマークDenmark18237416
フィンランドFinland33596326
フランスFrance68867143
西ドイツGermany (F.R.)35656766
英国Great Britain35358966
ギリシアGreece60112(max)3557
香港Hong Kong68292557
インドIndia77404856
イランIran58594143
アイルランドIreland28357068
イスラエルIsrael13815447
イタリアItaly50757670
日本Japan54924695(max)
メキシコMexico81823069
オランダNetherlands38538014
ニュージーランドNew Zealand22497958
ノルウェーNorway3150698
パキスタンPakistan55701450
ペルーPeru64871642
フィリピンPhilippines94(max)443264
ポルトガルPortugal631042731
シンガポールSingapore748(min)2048
南アフリカSouth Africa49496563
スペインSpain57865142
スウェーデンSweden3129715(min)
スイスSwitzerland34586870
台湾Taiwan58691745
タイThailand64642034
トルコTurkey66853745
米国U.S.A4046**91(max)62
ベネズエラVenezuela817612(min)73
ユーゴスラビア*Yugoslavia76882721
平均52645050
標準偏差20242520
* IBMではないが、同一業務を行なっている企業。
** Hofstede (1980, Appendix 2)の単純集計から藤田(1999)が再計算した値は61。他の国については再計算しても数値は一致しており、Hofstedeの計算ミスの可能性が高い。
(出所) 高橋(2003) p.174, 表5.3。Hofstede (1984)のp.77, Figures 3.1; p.122, Figure 4.1; p.158, Figure 5.2; p.189, Figure 6.1をまとめて、国名のアルファベット順に1枚の表に整理したもの。

表4. 4指標間の相関係数
 権力格差 
PDI
不確実性回避
UAI
 個人主義 
IDV
男性らしさ 
MAS
権力格差   PDI 0.28*-0.67***0.10
不確実性回避 UAI0.28* -0.35*0.12
個人主義   IDV-0.67***-0.35* 0.00
男性らしさ  MAS0.100.120.00
* p<0.05 ** p<0.01 ** p<0.001
(出所) 高橋(1995) p.137, 表4。Hofstede (1984) p.213, Figure 7.1から作成。


図1. 不確実性回避指標と男性らしさ指標
(出所) 高橋(1995) p.135, 図2。Hofstede (1984) p.219, Figures 7.4を通常の軸に直して簡略化したもの。

 結果は表3、表4に示される。しかし、大変な作業量にもかかわらず、一体この研究で何が言えたのかはよくわからないままである。これで、はたして40ヶ国の国民性、文化を比較したことになるのだろうか。そもそもなぜ4指標が出てきたのか、そしてそれが文化を見る指標としてどれほど有効なものなのかもわからない。しかも、図1では「日本」が男性らしさ指標で突出した存在になっていることにすぐ気付くが、はたして読者はそのことに同意できるだろうか。つまり「日本」は男性らしさ指標が40ヶ国中最大になっているが、これは「日本」が収入や昇進を重視し、上司との関係や協働はあまり重視しないという傾向が40ヶ国中一番強いということである。世間一般の常識に反していないだろうか。調査データがある以上、日本IBMは確かにそういう企業だったのかもしれない。しかし、仮にそうだとしても、日本IBMが何らかの意味で日本を代表しているとは思えない。IBMという企業の位置付けが、国によって異なることが想像される以上、これをもってして、それぞれの国の国民性をとやかくいうのは手続的に大いに問題がありそうだ。

 ところで、図1では、「日本」が不確実性回避指標でもトップクラスであるが、実は「日本」の不確実性回避指標の値が高いのは、この指標を合成する際に用いられた変数「長くてあと5年しか勤務しない人の比率」が、「日本」はわずか15%しかなかったせいである。アベグレンは『日本の経営』(Abegglen, 1958)で、日本の工場では、雇い主は従業員の解雇や一時解雇をしようとしないし、また従業員も辞めようとしないということを指して終身コミットメント(lifetime commitment)と呼んだが、まさにそれが影響したのである。しかし、それを不確実性回避だと呼んでしまっていいのか疑問である。

 このように、国際比較は正直言って難しい。出てきた統計数字が一体何を意味しているのか、その数字だけを見ていてはよくわからないのである。そのことは別に国際比較調査に限ったことではないのだが、しかし国際比較調査では、どうしても統計数字を拠り所として、その差異をことさら強調することで、国、文化を特徴づけるアプローチにはまってしまう。そのため、なおのこと怪しい。意地悪な見方をすれば、ホフステッドの研究も、計量的な分析を覆っているのは、ローマ帝国まで登場するような延々とした「こじつけ」話にすぎない。多分、データに合わせて、どんな話でもしてくれるのだろうと思えてしまう。それに学問的な価値がないとまでは思わないが、しかし、そんなものが科学の名に値するものだとも思えない。「国際比較」データの幻想に酔っているだけのように見える。

 さらにいえば、そもそも因子分析をこのような指標を作る目的で使うこと自体に疑問がある(藤田, 高橋, 2002)。最初に因子分析を行った際のオリジナルのデータではうまくいったものが、別のデータではうまくいかないといった不安定さがあるからである。実際、ホフステッドは約10年後に続編を出版し(Hofstede, 1991, Fig.4.3)、1980年のオリジナルの40カ国に加えて、新たに13の国・地域の個人主義指標(IDV)と男性らしさ指標(MAS)を計算して、重ねてプロットしているが、これを新旧を区別して図示すると図2のようになり、新しく追加した13の国・地域は固まって分布する傾向のあることがすぐにわかる。因子分析におけるこうした不安定さは、データから計算される分散共分散行列(あるいは相関行列)をもとにして、非回転因子の初期解を推定することに起因している。分析に用いるデータが異なれば、その中の変数の分散・共分散や相関係数は異なるので、抽出される因子数や因子負荷量も当然変わってくる。ホフステッド自身も、ケース数が少なく、変数の数が多い場合には、因子が不安定になるので、一般には因子分析は勧められていないのだと認めている(Hofstede, 1991, pp.47-48)。しかし、自分の分析では個々のケースの値が、それ自体多数の観測値の平均だから、これには当てはまらないと自己弁護しているが、いかがなものか。因子分析そのものの対象は7万人分のデータではなく、高々40ヶ国のデータなのである。ケース数は7万ではなく40に過ぎない。そのケース数わずかに40のデータで、14もの変数を使って因子分析を行っているという危険性を認識する必要がある。最初のデータに対する因子分析の結果として得られた因子得点係数を固定して指標を作り、それをくり返し調査で得られた新たなデータに用いて比較を行うことには、懐疑的にならざるをえない。


図2. 追加されたデータが固まって分布する傾向
(出所) 藤田, 高橋(2002) p.488, 図1。Hofstede (1991)のFigure 4.3を元に、因子分析に使われたHofstede (1980)当初の40カ国と、その際の因子得点係数を使って新たに計算された13の国・地域とを区別してプロットしたもの。

日本企業3社の調査

 ホフステッドのIBM調査との比較を目的として、1996年1月から3月にかけて、コンピュータの分野で日本を代表する大手電機メーカーF社、N社、T社の3社でIT96 (Information Technology 1996)調査が行われた(高橋, 1997, ch.3)。対象は各社の情報処理部門及び各社が日本国内にもっている情報処理関連子会社に所属する情報処理技術者である。調査は質問調査票を用い、留置法によって行われた。調査対象になっている情報処理技術者とは具体的には、次のような職種についている者である。

  1. プロジェクト・マネジャー、または他の管理的職種
  2. アプリケーション・エンジニア、プロダクション・エンジニア
  3. システム・アナリスト、システム監査技術者
  4. ネットワーク・スペシャリスト、データベース・スペシャリスト
  5. プログラマー
これら以外の職種に就いている者からの調査票も若干名から回収されたが、集計、分析からは除外されている。

 調査対象に情報処理関連子会社の従業員まで含めたのは、日本のコンピュータ・メーカーは、そのソフトウェア開発のかなりの部分を本体から分離して子会社や関連会社に切り出しているためであり、実際F社、N社の場合には、会社本体で実際に情報処理技術に携わっている者の数は驚くほど少なくなっている。またIBM調査では多国籍企業としてのIBM全体を調査対象としているために、米国本国を除いては、現地法人すなわち現地子会社が調査対象であったことを考えると、子会社を含めることは、比較の際にはむしろ適切に思われる。

 調査対象となったのは、F社285人、N社630人、T社399人の計1314人で、回収されたのはF社215人、N社438人、T社369人の計1022人、全体の回収率は77.8%であった。  今回、分析に用いられるのは、権力格差指標PDIと不確実性回避指標UAIの二つで、ホフステッドの質問がそのまま調査票で用いられた。このうち、質問A54&A55については1970〜1973年版が用いられた。また、(c)個人主義化と(d)男性化については、ホフステッドは仕事の目標に関する14の質問に対して、因子分析を使って決めた重み係数で合成得点を計算しているのだが、その合成得点の正確な算出式は明らかにされていない(Hofstede, 1980)。そのため、この2指標についてはここでの分析から除かれている。そこで、F社、N社、T社の3社(正確には3グループ)について、それぞれ権力格差指標PDIと不確実性回避指標UAIを求め、ホフステッドのIBM調査の結果と重ね合わせてプロットしてみると、図3が得られる。


図3. 不確実性回避指標と権力格差指標(IT96調査)
(出所) Takahashi, Goto, & Fujita (1998) p.63, Figure 1。Hofstede (1984), p. 214, Figures 7.2を通常の軸に直して簡略化した上に、IT96調査の日本企業3社(F社、N社、T社)を重ねてプロットしたもの。

 一見してわかるように、日本企業の3社、F社、N社、T社は、互いに違いはあるものの、IBM本体・子会社の40ヶ国の分布の中にプロットすれば、ほとんど同じ所に位置付けられるということがわかる。3社全体の平均で、PDIが95、UAIが79であった。つまり、さきほどの言い方を借りれば、日本の国民文化の強さを表している調査結果だといえるのかもしれない。その四半世紀前の日本IBMの調査結果と比べても、不確実性回避指標UAIではほとんど同じである。言い換えれば、日本企業の間には、組織文化的に見て類似点があると思われるのである。特に不確実性回避指標UAIが高い値をとる理由として重要なことは、「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率が、3社全体の平均で20.85%しかないということである。そのことからすぐに連想されるのは「終身コミットメント」の存在なのである。

 実は、F社、N社、T社のうちの1社についてだけは、まだ予備調査段階であるが、英語の質問調査票が使える国だけに限定した形で、米国、カナダ、英国、アイルランド、タイ、シンガポール、香港、マレーシア、フィリピンの9カ国の13現地法人のエンジニアを対象にして1996年12月から1997年1月にかけて、調査を行っているので(回収計770人、回収率53.4%)、調査の規模の点では必ずしも十分ではないが、参考のために、そのデータを使って比較をしてみよう。その結果は、まずPDIの平均は71、UAIの平均は28で、F社、N社、T社の日本国内の平均、PDIが95、UAIが79と比べて、かなり異なることがわかる。そして「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率の平均は57.04%にもなっていたのである。

 ホフステッドの分析では、こうした各質問項目に遡った分析や結果の紹介は行われていない。ただし、邦訳の原典にもなっている1984年に出された要約版(Abridged edition)では割愛されてしまっているが、1980年版の Appendix 2 (Hofstede, 1980, pp.411-413)には、国別に各質問項目の単純集計が掲載されているので、それを利用することができる。それによると、「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率は、IBMの場合、日本15%に対して、米国、カナダ、英国、アイルランド、タイ、シンガポール、香港、フィリピンの8カ国の国単位の平均で29%になる。比較のために、同様の計算を今回の調査データでもやってみると、日本とマレーシアを除いた8カ国の国単位の平均は62%になり、1970年前後のIBMの数字の約2倍になっていることがわかった。実際、日本国内とは異なり、日本企業の海外現地法人で定着率がなかなか上がらないことは悩みの種であり、この調査では、それと比べてIBMの現地法人の定着率の良さが際立つ結果となった。ここでマレーシアを除いて計算しているのは、もともと、Hofstede (1980)で分析対象となった40カ国の中にはマレーシアが含まれておらず、単純集計が不明なためである。ただし、Hofstede (1991)にはマレーシアのPDIやUAIなどの指標も計算されて載っている。つまり、この質問の答えだけで、UAIの得点差51(=79-28)ポイントのうち、実に36ポイントも説明できてしまうことになる。やはり、日本における企業、特に大企業の企業グループにおける終身コミットメントは、国際比較上、まだ特徴的な存在なのである。しかも、それは多国籍企業としての日本企業の企業文化的特徴というよりも、日本国内での特徴らしいことも分かった。以上の分析から、終身コミットメントは、日本国内の企業、特に大企業では一貫して観察されてきており、しかもそのことは日本国内ではある程度共通で、国際的に見ると特徴的であることがわかった。

 実は、日本的経営に対する評価が右往左往していても、アベグレン(Abegglen, 1958)から始まって描かれてきた日本企業の姿は、少なくとも日本を代表する企業の現場レベルでは、戦後、ほとんど変わっていない。これは驚くべきことだが、事実である。少なくとも終身コミットメントは一貫してみられた。にもかかわらず、日本という国と日本経済に対する国際社会での評価によって、日本的経営に対する評価は大きく振れ、評価が右往左往してきたのである。対照的に米国企業の姿は、1960年代〜1970年代にかけて、すっかり一変してしまったのであった(Deal & Kennedy, 1982)。


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