破断的イノベーション


トラジェクトリの破断

 Christensen and Bower (1996)や Christensen (1997) The innovator's dilemma: When new technologies cause great firms to fail (Harvard Business School Press)やChristensen and Raynor (2003) The innovator's solution: Creating and sustaining successful growth (Harvard Business School Press)は、Dosi (1982)による技術的トラジェクトリの破断(disruptive)概念を用いて、破断的イノベーション(disruptive innovation)を論じた。Christensenの一連の業績では、ハード・ディスク・ドライブについて、横軸に時間、縦軸に性能をとった “同じグラフ” が何度も転載され、用いられている。ところが、その形状や縦軸が論文によって異なり、疑念がある。実際、縦軸の測り方によって、技術的トラジェクトリの破断/持続(disruptive/sustaining)の見え方が変わってくるのであり、本来の技術的トラジェクトリを描くという目的からすれば、ハード・ディスク・ドライブの場合には、縦軸としては、体積記録密度を使う方が適切だったと思われる。さらに、対重量あるいは対消費電力などで補正して縦軸を工夫すれば、ハード・ディスク・ドライブの技術的トラジェクトリが破断しない可能性がある。そうした技術的トラジェクトリを描くのに適した性能の尺度を見出す前に、破断している(disruptive)と結論を出してしまったのではないだろうか(Takahashi, Shintaku, & Ohkawa, 2013).

 Christensen and Raynor (2003) The innovator's solution: Creating and sustaining successful growth (Harvard Business School Press)は破壊的イノベーションに関して、既存市場とは別の市場で新規に獲得していくNonconsumersと、既存市場におけるOvershot Customersの二種類の顧客を想定している。鋳造産業の大型鋳物市場において、顧客は鋳肌品質を求める。既に十分な鋳肌品質を実現していた木型を用いた砂型鋳造法に対して、新しく誕生したフルモールド鋳造法(FMC)は低い品質しか実現できなかった。しかしその市場の中でも、自動車金型鋳物は事情が特殊で、鋳肌は後から金型企業が調整を行うので、顧客は鋳肌の品質は落としても、納期が短くなることを歓迎した。木村鋳造所は、そうした短納期を望む一部の特殊顧客をまず獲得し、事業を継続する中で鋳肌品質・生産性を向上させていき、やがて自動車金型鋳物市場の過半を奪うことに成功した。こうして鋳肌品質を向上できたことで、より高い鋳肌品質が求められるミドルレンジの単品の工作機械用鋳物でも市場シェアを獲得し、さらに NC加工の完全機械化を実現することで、FMCが適用困難といわれたハイエンドの量産の工作機械用鋳物でも市場シェアを獲得した。こうして、 NonconsumersでもOvershot Customersでもない顧客がそれぞれ持っていた固有の要求を、ピンポイント的に突いて注文を獲得し、事業を継続する中で徐々にQCD全体を向上させることに成功したことで、FMCは、既存の木型を用いた砂型鋳造法に対して、破壊的イノベーションとなったのである。破壊的イノベーションが起こるロジックは、クリステンセンらの分析よりもずっとシンプルで、最初は既存技術と比べたらQCD的にオモチャのような技術であっても、ごく一部の特殊な固有要求をもった顧客だけでも獲得することができれば、事業を継続する中でQCD全体を向上させる機会を得ることができるという点にある(Takamatsu & Tomita, 2015)。

 Christensen (1997) The innovator's dilemma: When new technologies cause great firms to fail (Harvard Business School Press)以来、多くの研究から引用されている。引用している研究の中には、dynamic capabilityやambidexterity、market orientedのような概念を援用することで、innovator's dilemmaをもたらす環境の変化を乗り越えられると主張するものもある。しかし、それらの研究は、(a)コンセプトの提示のみで、反例としての事例の提示がないもの、(b)事例が提示されてはいても、そもそも「トラジェクトリの分断」が生じたことを論証していないもの、に大別され、論理的に反論になっていない。Innovator's dilemmaを乗り越えた事例を提示するためには、まず、「トラジェクトリの破断」が起こっていたことを論証した上で、次に、その環境の変化を乗り越えた事例を提示する必要がある。ただし、Christensenの「トラジェクトリの破断」の概念に関してはその論証には疑問も提示されており、その論証自体が容易ではないことがわかる(Akiike & Iwao, 2015)。

新技術代替に踏み切らない

 一般に、既存技術は新技術に代替されていくものだという先入観がある。本稿で取り上げる鉄鋼産業では、かつてChristensen (1997) The innovator's dilemma: When new technologies cause great firms to fail (Harvard Business School Press) が、従来の一貫製鉄技術がミニミル技術に代替されると考えていた。この他にも、業界では、従来の高炉技術がFINEX技術に代替されるものだと考えられていた。ミニミル、FINEXどちらの新技術も、既存技術に比べ、コスト面で圧倒的に優位だったからである。しかし実際には、新技術による代替は一部にとどまり、今でも既存技術の補完技術にすぎない。どちらの新技術も品質で課題があり、企業は既存技術を捨てて、新技術に代替することに踏み切れなかったのである(Byun, 2018)。

モジュラー化

 1990年代以降、電機製品で顕著に見られたモジュラー化の動きは、通常は製品アーキテクチャのイノベーションと捉えられる。しかし、Konno and Takai (2021)によれば、実は、技術と顧客/市場との関係性において、(1)技術レベルと製品価値がダウングレードし、その結果として、(2)従来までの正統性が通用しなくなる、といった破断的イノベーションとしての特徴も有していた。それゆえに既存の有力日本企業は、決してイノベーションを怠っていたわけではないにもかかわらず、当初はオモチャに思えたモジュラー化で生まれた新製品に市場を奪われていったと考えられる。


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