ドミナント・デザイン


ドミナントな工業デザイン

 イノベーションには、技術イノベーションとデザイン・イノベーションという2つのタイプのイノベーションがある。各々のイノベーションは企業の業績に正の効果をもたらす。しかしながら、Akiike (2014)が、2005-2010年の携帯電話の外観・使いやすさ・技術的機能のデータを用いて分析した結果、日本市場において、携帯電話メーカーはTV機能の導入時2005-2007年には、外観を犠牲にして機能の向上を図っていたことが分かった。しかし 2008-2010年にはその問題は解消され、外観と使いやすさの両立も達成されていた。つまり、日本市場において企業は、外観(工業デザイン)よりもまずは技術イノベーションによる機能(進化)を優先する傾向があり、その後、デザイン・イノベーションで外観と使いやすさを追求する傾向があることが明らかとなった。

 デジタルカメラは、当初V-memoやカメラ付きテレビとして開発が進められ、銀塩カメラとは異なる外見がデザインされていた。しかし画素の向上によりデhttps://doi.org/10.7880/abas.0210127aジタルカメラが銀塩カメラと代替関係になってくると、「写真をきれいに撮る」ために必要な光学ズームや手振れ補正機能などの技術革新が進められると同時に、銀塩カメラと似た外見を採用することで、消費者に銀塩カメラと代替関係にあるとのフレーミングが行われた。こうして、銀塩カメラはデジタルカメラに代替されていったものの、銀塩カメラにおいて採用されていた外見が最終的なデジタルカメラのドミナントな“インダストリアル”デザインとなった(Akiike & Yoshioka-Kobayashi, 2017)。

 日本の携帯電話産業では、メール機能が特に重視されるようになる中で折りたたみ型がドミナント・インダストリアル・デザインとして選択されるようになり、折りたたみ型を積極的に導入したNECが大きなマーケット・シェアを獲得した。その結果、21世紀初頭には、ガラパゴス携帯と呼ばれる日本独自なドミナント・デザインが形成された。しかしながら、このドミナント・インダストリアル・デザインは、ガラパゴス携帯の機能面とともに、日本の携帯電話産業がスマートフォンへ移行する際の妨げとなった。つまりドミナント・インダストリアル・デザインが、企業の競争的位置付けを決めたのである(Akiike, 2017)。

 Eisenman (2013)は、産業の中期と比べ、前期と後期はデザイン・イノベーションの重要性が高くなると主張した。そこで、Akiike, Yoshioka-Kobayashi, and Katsumata (2019)が多様なデザインが創出されていたフィーチャーフォン時代(1999-2008年)の携帯電話のデザイン特許の登録件数を調べてみると、確かに産業後期は増加傾向にあり、特に2007-2008年に急激に増加していた。しかし2003年以降の産業後期、引用されている数の平均は、引用している数の平均を下回り、デザイン・イノベーションは多くても、それは過去を踏襲したインクリメンタルなものだった。実際、デザイン関連特許の出願件数は、2004年をピークにそれ以降は減少をしていた。すなわち、産業後期は、デザイン関連技術の蓄積により多数のデザイン・イノベーションが生じるものの、影響力のあるデザイン・イノベーションは生まれにくくなるわけで、Eisenmanの主張には疑問がある。

工業デザインの部門間連携

 部門間連携は革新性と効率性にとって重要だと言われている。Hanahara (2021)は、部署も性格も異なるID (industrial design:インダストリアル・デザイン)とED (engineering design:エンジニアリング・デザイン)を明確に区別し、特にインダストリアルデザイナーと製品開発に関わる他部門との間の部門間連携が、革新性と効率性に与える影響を文献レビューした。その結果、(1)革新性に関しては、部門間連携はデザイン・イノベーションに正の影響を与え、CE型部門間連携は、テクノロジー・イノベーションに正の影響を与えると指摘されていた。(2)効率性に関しては、製品開発プロセスの効率への影響は一貫しておらず、そもそも生産効率は調べられていないことが分かった。

ドミナント・デザインとシェイク・アウト

 ドミナント・デザインの出現の前後では、企業数が激減する「シェイク・アウト」という現象が起こるとされている。ところが、日本のオンライン証券業界では、シェイク・アウトはみられなかった。その理由は、ドミナント・デザインを生み出し、「唯一の勝ち組企業」といわれる松井証券以外の会社は、証券系のシステムを構築する大手2つのベンダーのいずれかのパッケージ・システムを導入したために、製造業ほどにはプロセスイノベーションの巧拙の影響を受けなかったからだと考えられる。その結果、松井証券のような高パフォーマンスは得られなかったものの、主要プレイヤーになれなくとも、存続することが可能だった。すなわち、製品ではなく、サービスのドミナント・デザインの場合には、その成 立が、企業退出の促進ではなく、抑制に働く可能性がある(Takai, 2017)。


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