ダイナミック・ケイパビリティ


ダイナミック・ケイパビリティ

 1997年、ワーキング・ペーパー段階から引用されて有名だった動的能力(dynamic capability; DC)の論文Teece, Pisano, and Shuen (1997)がようやくジャーナルに掲載された。そこでは、経営戦略論のポジショニング・アプローチや資源ベース・アプローチと対比させて、環境変化に適応するために自らの資産の新結合を生み出す能力を動的能力と呼んだと理解されている。ただし、動的能力そのものに関する明示的な定義・議論はなかったので、Eisenhardt and Martin (2000)が、そのような概念定義をしている。さらには「能力」というキーワードに関連して、Zollo and Winter (2002)のようなルーチンや組織学習の研究者も加わり、組織が動的能力を開発するメカニズムを説くようになった(福澤, 2013)。

 こうして、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、ダイナミック・ケイパビリティ(dynamic capability, DC)に関する研究が揃ったことになる。これら影響力の大きな3つの研究Teece, Pisano, and Shuen (1997)Eisenhardt and Martin (2000)Zollo and Winter (2002)では、DCを構成する概念として、

  1. 環境変化の程度
  2. 組織プロセス(ルーチン)
  3. 資源のもちよう
  4. 経営者の役割(たとえば、資源投資に関わる意思決定)
  5. 学習メカニズム
を挙げていた。しかしその後、Resource-based view (RBV) (高橋・新宅, 2002)の研究者が大量に参入し、その際に、「資源」のスタティックな状態記述とその変化の議論にすぎないにもかかわらず、とりあえず「変化」「競争優位」「能力」というキーワードが入ればDCの研究と自称する傾向が顕著になった。研究開発、買収、提携の研究に安易にDC論というラベルを付けたことで、
  1. 「何がダイナミックなのか」という概念上の曖昧さや混乱を生み
  2. それが「ケイパビリティという安定的な特性」によって説明されるのかについて多様な見解が生じた
ことにより、DC論の本質が見失われる結果となった(Fukuzawa, 2015)。

 こうしてダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic capabilities, DC)は、Teece, Pisano, and Shuen (1997)を起源として、広く議論されてきたが、DCとはどんな能力かについては、いまだイメージが定まらない。Teece, Pisano, and Shuen (1997)は、DCを組織プロセスの中に埋め込まれている役割の1つとしたが、この組織プロセスに統合/調整のような静的な概念も含まれていたことが混乱を呼んでいる。そこでHelfat and Winter (2011)は、operational capabilitiesとDCという2つの概念を対峙させた上で、両者に共通する能力も存在することが混乱の原因だと考えた。すなわち、pure operational capabilities・pure DC・共通能力の3種類が存在すると考え、operational capabilitiesを除いたpure DCが観察される例として、小売業の店舗のexpansion等、企業が成長している例を挙げたのである。このようにpure DCが企業成長に必要なpureな能力であるとすると、その主要部分は、かつてPenrose (1959)が考えた「economies of sizeとは異なるeconomies of growth」をもたらす能力と同じである可能性が高い。こうした成長時以外には未使用資源となる能力をTakahashi (2015)は、より具体的に「立ち上げ屋的な能力」であると推測している(Kikuchi & Iwao, 2016)。

トヨタの進化能力

 「生産システムの形成プロセス」の分析を通じて、トヨタの強さ(長期間にわたる高パフォーマンス維持)の源泉を明らかにする。 既存研究では、「トヨタシステム/トヨタ生産方式の仕組み」の研究、「トヨタの歴史」の研究は多かったが、両者を結びつけた研究は少なかった。それに対して本稿では、両者を結びつけ、さらに近年経営学で注目されている「製品アーキテクチャ」の視点を踏まえて分析することにより、従来から指摘されてきた「もの造り能力」「改善能力」に加えて、「進化能力」の3階層の組織能力を想定することで、はじめて、トヨタの強さの“真の源泉”を説明できることを示す(Fujimoto, 2012)。


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