成長戦略


成長の経済

 RBVの源流の一つであるPenrose (1959)『会社成長の理論』(The theory of the growth of the firm)の主張を正しく理解する鍵は、規模の経済性(economies of size)とは別概念としての成長の経済性(economies of growth)の概念の理解にある。ペンローズによれば、規模の経済性が働かないのに、規模に関わらず存在する「成長の経済性」があるとされている。しかも、それは本質的に一時的なもので、拡大が完了した時には消滅するとされている。ではそれは一体、どんな経営的サービスに当てはまるのであろうか? 高橋(2002)の結論的仮説は、未使用の立ち上げ屋的経営サービスが存在すれば、成長の経済性が生まれ、規模にかかわらず、企業にとっては成長の一歩一歩が利益を生むということである(Takahashi, 2015)。

 では、高橋 (2002)をもとに、もう少し詳細にペンローズの考え方を追ってみよう。まずはの経済性の方から始める。ペンローズの言う「規模の経済性」(economies of size)とは、大企業がより小さな企業と比べて、その規模だけの理由で、a. 大量化あるいは新製品をより効率的に導入できる(「拡大における規模の経済性」)、b. 財とサービスをより効率的に生産、販売できる(「操業における規模の経済性」)ことを指している。より詳細に記述すれば、

  1. 拡大(expansion)における規模の経済性
    • 拡大を成し遂げるための費用に関係。
    • 大企業が規模だけの理由で、より低い平均費用で生産に着手できるならば、拡大における規模の経済性が存在する。
    • 生産着手のための費用には、追加生産の円滑な操業基盤を確立するための費用と追加生産物のための市場の拡大または創造のための費用が含まれる。
  2. 操業(operations)における規模の経済性
    • 拡大完了後における追加生産物の生産及び販売の平均費用に関するもの。
    • 規模が大きくなるほどその平均費用を削減できることを意味している。

ということになる。規模の経済性については、解釈に迷うようなところはあまりない。学問的にも、ペンローズ以降、規模の経済性の源泉に関しては長足の進歩があり、例えば、組織ルーティンと組織学習については高橋 (1998)、学習曲線については高橋 (2001)といった文献レビューもある。問題になるのは、規模の経済性とは異なる概念とされる「成長の経済性」(economies of growth)の方である。ペンローズによる成長の経済性についての記述が禅問答のように難解なのである。ペンローズによれば、成長の経済性とは、経営的サービスのように、主に、企業内部において絶えず未使用の生産的サービスが作り出される過程の結果、個々の企業が利用可能な内部的経済性で、成長の経済性は規模に関わらず存在しうるとされている。そして、

 それでは、規模の経済性ではない成長の経済性の部分とは何なのであろうか。規模の経済性がはたらかないのに、規模に関わらず存在する成長の経済性とは何なのか。しかも、企業内部において絶えず未使用の経営的サービスが作り出される過程の結果として生じる成長の経済性とは一体何なのか。高橋 (2002)が提示する仮説的ヒントは、ペンローズが、この場面で経営的サービスと言っているものは、より具体的に、企業や事業の「立ち上げ」に必要となる経営的サービスだと考えてみると分かりやすいですよ、というものである。企業拡大に際して、その計画・実施に吸収され、拡大計画の完遂により解放される「立ち上げ屋」的な経営者のサービスが未使用で存在しているとき、規模に関わらず成長の経済性が存在する。少なくとも、そうした経営的サービスの一例として「立ち上げ屋」集団のサービスをイメージしながらペンローズを読むと、格段に理解がしやすくなる。ペンローズ自身は「立ち上げ」や「立ち上げ屋」といった用語を使っていない。しかしペンローズの記述をこういった用語で補いながら読んでみると、つじつまが合うのである。実際、ペンローズが指摘するように、小規模の範囲を超えて成長を続けることに成功するかどうかは、一緒に働いた経験を積んだ幹部の「立ち上げ屋」集団を徐々に作り上げることができるかどうかにかかっている。したがって成長率には「立ち上げ屋」集団の規模という経営的限界があるのである。

 他方、規模には経営的限界はない。なぜなら、ひとたび製造、販売のための投資が行われ、追加生産が軌道に乗って、製品が市場で地盤を得るというように、いったん新しい操業の基盤が固ってしまえば、もはや「立ち上げ屋」的なサービスは必要なくなり、極端な場合、効率上何の損失も伴わずに、これを元の企業本体から分離し、独立に経営することすら可能だからである。そして企業にとっては、未使用の「立ち上げ屋」的サービスが存在していれば、成長の一歩一歩が、この無料のサービスの利用につながり、規模にかかわらず、成長の経済性が存在することになる。

 こうした成長の経済性の理解をふまえて、ペンローズの議論は、著書の後半、多角化、合併・買収、成長曲線といった現象の分析へと向かっていく。しかし今日的には、たとえば、巨大企業の中にあって、もっぱら新規事業開発(子会社設立)しか行わない部署 (高橋, 1989)、あるいはNPOのネットワークの中で、他の団体の立ち上げサポートばかりをやりたがるNPO (松本・高橋, 2002)など、いまや規模の経済性に関係のない、もっぱら成長の経済性に関係していると思われる事例が多数存在している。成長の経済性を理解すれば、これら今日的な現象を分析する際のフレームワークとして使うこともできるはずである。

逆張りの成長戦略

 Chandler (1962)は、好況期の成長戦略の後に組織づくりの時期が来るとして「組織は戦略に従う」(structure follows strategy)と唱えた。ただし、Mizuno (2013)が取り上げた協立電機の事例では、業績低迷期が訪れる前に、顧客シーズの探索活動や技術転用できる業界の模索、資金の内部留保・調達方法の確保、社内組織体制の整備、縦割り組織の解消、権限委譲などを進め、「備え」として、組織づくりを先に行なっていた。その後の業績悪化の時期に、人材、設備、M&Aなどに積極的に投資を行なったことで、次の景気回復期で中核技術の業界転用・周辺領域展開・海外展開や組織の成長に結びついた。つまり、同社は、Chandlerの主張とは逆の行動パターンを選択することで、景気後退を成長のターニングポイントに変えていたと考えられる。

 中小企業(SME)の多くは、多角化や事業転換といった新規事業の立ち上げに消極的である。そんな中で、やまと興業株式会社および山口化成株式会社の2社では、苦しい時こそチャンスだという慣用句のごとく、既存事業の衰退が、危機であると同時に、新規事業立ち上げの機会をもたらしていた。また、起業時の経験ではなく、起業後の第二の事業の立ち上げ経験が、以後のさらなる事業の立ち上げ意欲につながっていた(Wada, 2019)。


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