経営戦略論では経験曲線(experience curve)が経験則として取り扱われている。しかし、産業、企業、製品を問わず、学習率80%前後の対数線形型経験曲線になることが経験則であるかのように扱うことは明らかに早合点のし過ぎである。学習曲線(learning curve)に関する基礎研究によれば、すべての部品、完成品について、進歩のプロセスを最初から観察しているわけではないので、学習率が同じであることは、論理的にありえないし、実証データでも否定されている。そして、探索理論のモデルを使えば、学習曲線は対数線形型で近似されるものの、進歩のプロセスを最初からではなく、途中から観察している場合には、初期凹性が見られることも分かっている。それぞれの製品には固有の学習率があること、そして、曲線に初期凹性があることは、いずれも、進歩のプロセスを最初からではなく、途中から観察しているために起こる現象だったのである(高橋, 2001; Takahashi, 2013)。
累積生産量が増えれば、単位あたりの生産コストが減少していく様子を表した学習曲線。しかし、結果的にたくさん生産しても学習曲線は実現しない。生産規模が大きくなることを期待して生産技術を変えること、すなわち機械器具を設備して量産態勢をとること、あるいは大量生産に合った製品デザインを採用することが、コスト低減の大前提なのである。言い換えれば、天井心理に陥る以前に、経営者が大量に生産をすると決断することこそが、学習曲線実現の第一歩なのである。プロトタイプにはプロトタイプの製作の仕方があり、10台作るのなら10台作る作り方がある。100台には100台なりの、そして1万台生産するのであれば1万台を効率的に生産する量産方法がある。最初から、いつまでに累積何万台生産するという見通しがあればこそ、それなりのやり方を現場は考えるのである。「ものづくり経営」のスケール観や経営者としての確信に満ちた見通しがあってこそ、はじめて学習曲線は現れてくる。技術的選択の前提としての経営的スケール観。ここに学習曲線の秘密がある(Takahashi, 2013)。
開発を始めたら、できるだけ速く製品を市場に投入し、投資を回収することは、企業活動の根幹をなす。製品を市場に投入するまでの時間は、大きく製品および工程の開発時間と生産ランプアップ時間に分けられる。既存研究では、主に開発効率を上げることで、開発時間を短縮することに焦点が置かれてきた。しかし、開発期間をいくら短縮したとしても、生産ランプアップが遅くなると、結果的に投資の回収も遅れてしまう恐れがある。Byun (2016)は、韓国の鉄鋼大手、現代製鉄が高炉技術を導入し、量産に至るプロセスを分析する。同社は、3基の同一仕様の高炉を次々と途切れることなく導入することで学習効果を最大限に生かす戦略をとった。そのうちランプアップに関しては、3基の高炉で期間がオーバーラップしないように計画し、同じランプアップ・チームが次々と生産を立ち上げていくことを可能にした。その結果、一つの高炉でのランプアップの経験を次の高炉のランプアップに生かすことができ、その学習効果により、ランプアップ時間は片対数グラフで直線的に短縮することに成功している。