日本の経営学研究において、資源の分類としてヒト、モノ、カネ、情報の4つを用い、なかでも情報資源を重視する考え方が根付いている。情報資源が 企業固有のものであり、競争優位と模倣困難性の源泉となるという考え方は、1980年代に日本企業が高い国際競争力を発揮した理由を説明しているように見えた。ところが、現実には、1990年代以降、日本企業の国際競争力は低下する。実は、(a) 情報資源には、資源としての情報だけでなく、それを活用する能力も含まれ、(b) 模倣困難性が低いものも混在し、(c) 情報資源がヒトやモノに粘着的であるかどうかと、ヒトやモノが企業に粘着的で取引困難であるかは別の問題だったのである。そうした事実は、日本企業が終身雇用制度により人材に体化された知識を企業内部に蓄積していた1980年代までは露呈しなかったが、1990年代以降、その前提条件が崩れたために、人材に体化された情報資源は流出し、日本企業の国際競争力が低下することになったのである(Wada, 2016)。
半導体部品を使って製品開発を行う企業は、半導体部品企業が提供するツールキットを使用することで、製品開発におけるコンセプト創りから問題解決などの一連の試行錯誤の実験を独自で実施している。von Hippel (2001)によれば、ツールキットは、(a)試行錯誤などの学習、(b)モジュールやライブラリー、(c)設計の許容範囲、(d)言語や技能の親和性、(e)製品の高い製造性という構成要素から成っているとされる。本研究では(b)と(c)をサポート範囲と定義して、2010年代のQualcommとMediatekのツールキットのサポート範囲を比較する。その結果、製品開発力が低い新興ユーザーは、サポート範囲がより広いMediatekをより多く採用していたことが分かった(Shiu, 2017)。
知識は企業の競争力の源泉となるものであり、企業の知識ネットワークの中で創造、伝播、標準化される。トヨタ自動車の日本国内知識ネットワークは複数の完成車工場、OMCD、GPCをノードとして構成される。知識は工場の現場で創造されるが、複数の完成車工場の間では、同階層の間で直接的に交流するネットワークを通じて知識が伝播される。その際に標準化は行われない。OMCDは標準化された知識と標準化されない知識の両方の伝播を行う。そして、GPCは知識を標準化することが主要な機能となっている。つまり、トヨタの国内知識ネットワークは、標準化の点で様々なレベルのノードを混在させることで、現場で創造される知識の多様化と標準化という矛盾した目的のバランスをとっているのである(Suh, 2017)。
企業が新しい知識を手にした時、企業が既に持っていた知識とその新しい知識が融合して新事業が生まれることを期待し、表面的には、そのように見えることがある。しかし、Ikuine (2018)が取り上げるFujitsuの新規事業開発の事例では、実際には、新しい知識はほとんど無関係で、別の理由で新規事業開発が進められていた。新しい知識を入手するために多額の出費をしてしまったがために、このままでは投入資金を回収することが不可能になり、そっくり埋没費用になってしまうという埋没費用圧力(sunk cost pressure)が生まれる。本稿の事例では、その圧力の下で、自分たちが元々ばらばらに保有していた知識を結合する力が発生し、その結果、新規事業が作られていた。
世界の鉄鋼メーカー約200社の中で、溶融亜鉛メッキ鋼板、電磁鋼板など、いわゆる高級鋼を生産できる鉄鋼メーカーは一部に限られる。鉄鋼産業のような装置産業の場合、設備に技術知識が体化されているので、技術移転およびキャッチアップは比較的容易とされてきたが、いまだに高級鋼生産の分野では、大規模な資本投資と最新鋭設備を武器にした新興国鉄鋼メーカーの苦戦が続いている。その原因は、既存工程に新たに工程を追加接続すると、追加工程だけではなく、全工程の操業パラメータを調整する操業技術が必要になり、工程数が増えると調整すべき操業パラメータの組合せが膨大になり、パターン知識獲得に時間がかかるからである(Byun, 2020)。