1970年代には、個体群生態学(population ecology)も登場している。「組織は環境に適応していかないと生き残れませんよ」「古いものは生き残れませんよ」みたいな強迫観念にかられている人からすると、意外な主張を展開した。一般に組織論では個体レベルつまり組織を単位とした分析が行われる。それに対して、個体群生態学では個体群レベルの分析が行われる。たとえば、日本の自動車産業の系列取引を考えてみよう。各自動車メーカーにはかなりの数のサプライヤー(=部品メーカー)が群をなして長期継続的取引をしている。このサプライヤー群が個体群である。サプライヤーの能力向上を議論するとき、通常の個体(組織)レベルの組織論であれば、各サプライヤーの組織が進歩し、学習すると考える。それに対して、個体群レベルでは、劣った性質の個体が淘汰され、優れた性質の個体が生き残ることによる個体群が進化すると扱うことになる。
実際、長期継続的取引が特徴の日本の自動車産業の系列取引ですら、図1に示されるように、かなりの数のサプライヤー(=部品メーカー)が、取引停止や他社との合併の形で淘汰されている。劣ったサプライヤーが淘汰されたおかげで、残ったサプライヤー群の能力の平均が向上したと考えることもできる。そして図4をよく見ると、トヨタ系のサプライヤーの淘汰率が低いことが分かる。仮にサプライヤー群の能力向上が3系とも同レベルだったとすると、トヨタ系の場合は、淘汰による進化ではない個々のサプライヤーの進歩、学習の効果が大きかったのではないかという推察が成り立つ。
図1. 日本の自動車会社の各協力会におけるサプライヤーの残存率
(出所) 山田(1999), p.124, 図3。
個体群生態学で、個体群の環境適応を考える際に、むしろ個体レベルでは環境による組織の淘汰を考えるのは、組織には構造的慣性(structural inertia)があるので、個体としての組織の環境適応には限界があり、環境に合っていない組織は淘汰されてしまうのだと割り切って考えるのである。さらに遡っていえば、そもそもその構造的慣性ですら、生態学的進化の淘汰プロセスの結果として、構造的慣性の高い組織が生き残ったから、組織が構造的慣性を持っているのだと理解する(Hannan & Freeman, 1984, p.149)。つまり個体レベルで適応と淘汰を比べれば淘汰が勝るので、むしろ構造的慣性の高い組織の方が生き残ると主張したのである。現実にも、古い組織よりも新しい組織の方が失敗する割合が高いという「新しさの不利益」仮説が唱えられ、半導体製造企業、地方新聞社、全国的労働組合組織など、多くの実証研究で、この新しさの不利益が確認されている。
日本では、1980年代に、個体群生態学を意識せずに、『会社の寿命』(日経ビジネス, 1984)がきっかけで「会社の寿命30年説」なるものが流行ったことがある。同書は、1896年〜1982年だいたい10年ごとに10期調べられた総資産額でみた「日本のトップ企業100社」のランキング表をもとに「企業が繁栄をきわめ、優良企業グループ入りできる期間は平均2.5回、つまり1期10年として30年足らず」と結論したのである。実際、図2を見ればわかるように、全体の8割近い会社が3期以内にランキング表から姿を消していた。しかし、「会社の寿命」というネーミングはそもそも誤解を招く。実は、破綻して消えていった多くの会社は、本業にしがみついていたから「会社の寿命が尽きて消えた」のではなく、多角化に乗り出して失敗したがために脱落したのだといわれている。
図2. 総資産額上位100社にランク入りしていた期数 (1期約10年)
(出所) 高橋(2016), p.18, 図1・1。
しかも、高橋(1995, ch.1)が指摘したように、『会社の寿命』の結論の出し方は方法論的に間違いが多い。例えば最後の1982年に初登場した企業は1回しかランキング表に登場しないわけだが、実際にはその後もランク入りし続ける可能性が高い。実は、寿命の推定には、こういった打ち切りデータ用の生存時間解析(またはイベント・ヒストリー分析)を使う必要があり、個体群生態学では、生存時間解析を使って、打ち切りデータから「死にやすさ」を推定していた。そこで、日本の会社の寿命に関して、この生存時間解析を使うことで、清水(2001), Shimizu (2002)は驚愕の数字をはじき出す。戦後、東京証券取引所が開設された1949年から1999年初までに東証第一部に上場した1,275社の上場期間についてのデータを用い、平均上場期間を推定すると156年にもなったのだ。さらに対等合併の際はどちらも存続していると扱う合併補正を行うと、平均上場期間は、なんと228年にもなった。個体群生態学の研究は20世紀の最後の20年に盛んにおこなわれ、慣性の源泉、すなわち組織の行動パターンの継続性の源泉として、ルーチンが重要視されていた。ルーチンがしっかりしていて、行動パターンに継続性がある企業が生き残ってきたのである。
実は、高橋(1995, ch.1)は、1987年に、当時「会社の寿命30年説」が話題になっていた日本で、「会社の寿命は30年と言われていますが、30年後、あなたの会社が生き残っている確率はどのくらいだと思いますか?」という質問を組み込んだ質問票を使い、日本の大企業11社のホワイトカラーの調査をして575人から回答を得ていた。その時の「確率」の平均は72%だった。30年後の2017年、575人中127人が所属していた会社2社は生き残れなかった。つまり78%は生き残ったことになる(Takahashi, 2017)。当たらずといえども遠からず、意外と社員の直感は妥当なのかもしれない。