市場志向


市場志向

 市場志向(market orientation)に関する先行研究は、マネジャーを調査対象として市場志向の測定を行う。しかし、Kosuge (2015)が、自動車ディーラー企業において組織文化の要素に焦点を当てるMKTOR (Narver & Slater, 1990)と、組織レベルの行動に焦点を当てるMARKOR (Kohli, Jaworski, & Kumar, 1993)の2種類の尺度を用いて54店舗のマネジャーと販売員双方の市場志向を測定したところ、販売生産性と正の相関が見られるのは、マネジャー回答にもとづく得点ではなく、販売員回答にもとづくMKTOR尺度の得点であることが明らかになった。これは、サービスの文脈においては、前線の従業員の知覚を通じてとらえる組織文化としての市場志向が業績の説明要因となることを示唆している。実際、定性分析によれば、販売員が市場志向を知覚するということは、市場志向を価値観のレベルで咀嚼することを意味し、それが部門を越えた働きかけなど、オペレーションの改善に関する行動へつながり、結果として高い販売生産性がもたらされるというメカニズムが明らかになった。

 Kosuge and Takahashi (2016)によれば、旧来の販売志向からプロセス重視の市場志向へと転換した日本の自動車ディーラーでは、(1)市場志向プログラムがもっていたプロセス志向・チーム志向が、営業員の自己概念や自己同一性を脅かすものとして受け取られ、大多数の営業員から拒絶された。にもかかわらず、(2)5%相当の3店舗だけがチーム志向・プロセス志向を受容したので、経営者はその3店舗の管理者を抜擢し、評価報奨制度に「チーム報奨」を導入したことで、市場志向が組織内で他店舗にも普及していった。ただし、この会社で起きたことは自然淘汰などではない。当初、これらの3店舗の業績は悪く、最下位を争っている店まであり、自然淘汰されるはずの側だったのである。しかし、経営者がこの3店舗を生き残らせ、さらにプロセス重視の市場志向の定着を待って、それを横展開させた。つまり、人為淘汰による制度的同型化が起きたのである。

 Kosuge and Takahashi (2016)による発見と既存文献にもとづいて、Kosuge (2017)は、「市場志向は改善につながる」という仮説を立て、「改善意識」を尺度化して、ある自動車ディーラー企業の54店舗の全営業パーソンの回答を用いて仮説の検証を行った。その結果、市場志向は確かに改善意識と強い正の相関があることがわかった。さらに、市場志向と改善意識のそれぞれについて中央値で低群・高群に分け、2×2のクロス表を作ったところ、これも仮説を支持していたが、市場志向が低く、改善意識が高い4店舗の業績が高いことが明らかになった。これらの店舗についてさらに詳細に調べると、旧来の属人的な営業で十分な売上を達成できていたために、市場志向への転換が進まないことが明らかになった。


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