Weberの“Gehause”を“iron cage”と訳したのはParsonsの誤訳で、本来は“shell”と訳すべきだったといわれる。そうすることで経営学的にも有用な概念となる。表からは護符として見えている殻をひっくり返して裏を見ると、殻の裏には、しがみついて硬直している人間がいる。殻に競争優位があれば、硬直性は言い訳が立つ。しかし、殻が競争優位を失いつつある、あるいは既に失っていても、殻にしがみつき続けている状態は問題である。たとえばModel T FordやSystem/360という殻に、護符のごとくしがみつくことで、FordやIBMは驚異的な急成長を遂げ、そしてその化石化した製品 デザインとともに、やがて「じり貧」に陥っていった。殻は製品デザインに限らない。販売店網、親会社の営業力、不動産、特許、フランチャイズ契約等、成長期と成熟期を経験した会社に殻を見つけることは容易である。その殻にしがみついている限り、もはや成長の見込みがないことは、経営者も従 業員もわかりきっているのに、殻はレントの源泉となっていることが多いため、「じり貧」に陥るのである(Takahashi, 2015)。
家庭用ゲーム機は、普及のために価格を抑える必要があり、高性能の半導体が高価であった1980年代〜1990年代は、性能が低かった。日本の家庭用ゲーム開発企業は、限られたハードウェアの性能のもとで面白さを作りこむ能力を構築していった。やがて2000年代にはいると、最新鋭のPCと遜色ないスペックの家庭用ゲーム機が登場した。そして、欧米市場において、高いハードウェアの性能を活かした家庭用ゲームソフトが消費者に求められるようになった。ここにおいて、PC向けのゲームの開発経験により、高いハードウェアの性能を前提とした開発体制や能力を構築していた欧米の家庭用ゲーム開発企業が活躍するようになった。一方、日本の家庭用ゲーム開発企業は、2000年以前に構築していた開発組織や能力がコア硬直性(core rigidity) (Leorard-Barton, 1992)として作用し、北米をはじめとした世界市場における競争に苦戦することとなった(Wada, 2019)。
国内で競争力を有するものの、グローバルでの競争力を喪失する日本経済・企業の原因としてガラパゴスという言葉が注目を集めるようになった。特に、日本の携帯電話はその代表としてガラパゴス携帯と呼ばれた。新聞記事を分析すると、携帯電話のガラパゴス化の議論は、テクノロジーや技術スタンダード、機能に関するものが主であった。しかしながら、その後ガラパゴス携帯の外見を有するスマートフォンを「ガラホ」と呼ぶようになり、ガラパゴスとは外見を意味するようになっていった(Akiike & Katsumata, 2018)。
手元の機械等を修理したり「いじる (tinkering)」ことによって内部の仕組みや構造を学び、そこに新たな独創を付け加えることで新製品を生み出すということは、これまで人類が脈々と行ってきたイノベーションの根本である。ところが近年では、製品の複雑化や技術的制約、法規制により、次第にユーザーがいじれる範囲が狭められてきた。これに対して、修理する権利やいじる権利を明示的に取り戻そうとする動きも活発となっている。本稿ではこれらの権利の重要性が意識されるようになった経緯を明らかにしたい(Hatta, 2020)。