ユーザー・イノベーション


ユーザーのイノベーション

 インターネット・ユーザーのイノベーション活動と消費活動との関係は、一様ではない。Ichikohji and Katsumata (2014)は、インターネット上の音楽ユーザーを対象にして、イ ンターネット調査によって得られた1000人のサンプルのデータを分析しているが、音楽への関与度の高低によって、イノベーション活動と消費活動 との関係も異なってくるのである。本研究では、音楽への関与度について、Lastovicka and Gardner (1979)が提示したComponents of Involvement尺度を用いて測定し、関与が低い層と高い層に分けた。そのうえで、それぞれの層について、「インターネット上に自分の楽曲・演奏を 公開する」イノベーション活動と「音楽ダウンロード消費の、1年間の平均的な消費額」で見た消費活動との関係を分析した。その結果、音楽に関与が 低い層では、イノベーション活動と消費活動の間に有意な関係があったが、音楽に関与が高い層では、その関係が見られなかったのである。すなわち、 低関与度ユーザー層では、イノベーションを行うユーザーはイノベーションを行わないユーザーの約4倍も消費している。それに対して、高関与度ユー ザー層ではどちらもほぼ同じ消費額であった。イノベーションを行う低関与度ユーザーの約半分の水準にとどまっていた。

逆ユーザー・イノベーション

 かつてvon Hippel (1988) The sources of innovation (Oxford University Press)は、半導体製造装置などでは、ユーザーである半導体メーカーがイノベーターの役割を果たしていたとして、ユーザー・イノベーションと呼んだ。しかし、彼の研究とほぼ同時期に、日本の半導体製造装置メーカーのULVACは、本来ユーザーである半導体メーカー側が取り組むべき基礎研究であるコバルト・ニッケル・クローム(CoNiCr)の材料組成の基礎研究を自ら行い、その研究成果を使った新たなHDD用製造装置を開発して、ユーザー側に提供していた。これはユーザー・イノベーションとは逆の「逆ユーザー・イノベーション」とでも呼べるような現象であり、こうした事例は、他にもたくさん見つかる可能性がある(Min, 2016)。

アマチュアの創作活動

 日本のコンテンツ産業の競争力の源泉の一つが、アマチュア消費者の創作活動である。Ichikohji and Katsumata (2016)は、まず、printed amateur manga (comic)である同人誌に関する先行研究を、歴史・現状、日本以外の国の(海外)動向、ジェンダー、著作権という観点から整理した。次に、本研究では、既存研究が焦点を当てていない観点、すなわち、複数のコンテンツ・カテゴリーにおける創作活動と収益性との関係性に関して、3つの仮説を含むリサーチモデルを構築した。そのうえで、本研究は、仮説を検証するにあたって、マンガと音楽に対する創作活動・収益化活動に関して、2593人の消費者を対象としたアンケート調査を行った。結果として、以下の点が明らかになった。1.コンテンツ・カテゴリーにて創作活動を行う消費者は、他のコンテンツ・カテゴリーにおいても創作活動を行う傾向がある。2.あるコンテンツ・カテゴリーにて創作したコンテンツの収益化を行う消費者は、他のコンテンツ・カテゴリーにおいても収益化を行う傾向がある。3.複数のコンテンツ・カテゴリーで創作活動を行う消費者は、創作活動の収益化を行う傾向がある。また、マンガと音楽のcreation・monetizationがどの程度行われているのかについても示した。

ユーザーの二分化

 デジタル・コンバージェンス時代到来の予言は、消費者の扱う情報機器の収斂を想起させるが、現実には情報機器の多様化が進んでいる。Ichikohji and Katsumata (2017)は、動画共有サービスYouTubeを利用するスマートフォン・ユーザー(N=1000)を対象にして調査・分析を行った結果、(1)多様な情報機器を扱うユーザーは、そうではないユーザーと比べて、動画投稿も動画視聴も活発にする傾向がある。(2)多様な情報機器を使って動画投稿をよくするユーザーと、動画投稿をせずにスマートフォンばかりを長時間使っているユーザーに分化する傾向がある。すなわち、多様な情報機器を持つユーザーの方が活発に情報機器を使いこなしていることが明らかになった。

リード・ユーザーの要望を聞き過ぎる

 新製品開発に関する既存研究では、企業は顧客ニーズの変化を製品開発に反映させる必要があるとされてきた。特に継続的な開発活動が特徴の製品の場合、多時点で顧客ニーズに柔軟に適応させる必要がある。しかし、Huang (2018)のオンラインゲーム産業2社の事例比較によると、顧客ニーズに、より柔軟に適応した会社の方が新規ユーザーの割合が減りユーザーの離脱率が高まるなど長期的なパフォーマンスが低下していた。リード・ユーザーの要望を聞き過ぎたことが原因だと考えられる。

製品開発の「顧客の顧客」戦略

 一般に、産業財の製品開発では、顧客が専門知識をもった企業であることから、顧客の要望にきちんと従うことが重要であるといわれる。しかし、日本の化学産業(chemical industry)を調査したところ、そうした製品開発パターンは、むしろ失敗プロジェクトに見られた。逆に、成功プロジェクトでは、自社の顧客の先にいる顧客、すなわち「顧客の顧客」に直接アプローチして潜在ニーズを先取りし、コンセプト提案型の製品開発を行う傾向があった。実際、そのような成功事例も存在している。本稿では、そうした製品開発アプローチを「顧客の顧客」戦略と呼んでいる(Kuwashima, 2013)。

研究開発投資の中止

 競合他社の撤退が続くような赤字のプロジェクトに投資を続けるのはなぜだろうか。電子機器材料の1つである2層CCLの市場では、多くの企業が撤退した。その中で、10年以上赤字が続いたにもかかわらず、事業を継続した新日鉄化学が、大きな成功を収めた。他の競合企業と同様に、新日鉄化学でも、2層CCLに対する研究開発投資の中止が何度も検討された。最終的に、投資継続の判断が下されたのは、技術評価に際して、標準的な社内評価に加えて、潜在的主要顧客による評価を重視する判断システムを採用していたからであった(Kuwashima, 2017)。


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