ベンチャー


日本のベンチャー

 日本では、戦後四半世紀の間、諸外国でのスタートアップの議論とはかけ離れたところで中小企業が論じられてきた。戦後しばらくは中小企業の印象が悲観的な二重構造論が盛んであり、その後の中堅企業論も、スタートアップに光を当てるとまでは言えなかった。しかし1970年代に入ると、米国の影響を受けて、和製英語“ベンチャー・ビジネス”の下に、ベンチャー・キャピタルを中心としてスタートアップに対する潤沢な資金供給が始まり、スタートアップに対する期待感・待望感を込めたベンチャー・ビジネス論が展開されるようになった(Nakano, 2017)。

 日本では古来、結婚相手を探す際に「お見合い」をする風習があった。Nakano and Ohara (2019)が取り上げる日本のInnovation Leaders Summitにおける大企業とベンチャー企業のマッチング事例は、まさに「お見合い」といっていいものだった。欧米型のマッチング事例とは異なり、参加する企業・経営者はお互いに提携経験があまりなく、仲介者も、Holzmann, Sailer, and Katzy (2014)らが指摘するような強いコミットメントはしない。その代わり「お見合い」同様、仲介者は提携初心者の大企業・ベンチャー企業のプロフィールを交換させ、出会いの場を設定して引き合わせるだけなのである。

IPOまでの期間

 スタートアップのパフォーマンス指標として、IPOまでの期間(time to IPO)が用いられることがある。Ichikohji, Nakano, and Ogami (2022)は、IPOまでの期間というスタートアップのパフォーマンス指標について、これまであまり顧みられてこなかったマクロ環境の影響を検討している。日本の経済環境がホット・マーケットへと移った2012年の終わり(アベノミクスの始まり)を境として、IPO企業について、対象市場、対象企業の特性(起業タイプ)、実質的な創業タイミングといった変数を考慮した分析を行った。結果として、経済的に良い環境にある方が、創業から上場までの平均時間が長くなる現象がみられた。これは、景気が悪いときは様子見をしていたスタートアップが、景気が良くなることにより、IPOを果たせるようになったからだと考えられる。つまり、単純にパフォーマンス指標としてIPOまでの期間を用いることには疑問があり、用いる際には注意がいる(一小路・中野・大神, 2022)。

チャイニーズ・ドリームと太陽電池産業

 Tomita (2022)によれば、2000年代後半〜2010年代前半の太陽電池製造では、上位メーカーが数年以内に交代し、経営破綻していた。なぜこのような現象が起こるのか。一般的には、各国の太陽光発電産業で、普及促進政策と引き締めによるバブルとその崩壊が起きたために、上位メーカーが破綻したと考えがちである。しかし、太陽電池は世界のどこの国でも売れるもので、しかも、太陽電池の世界市場は拡大し続けているので、各国のバブルとその崩壊だけでは太陽電池メーカーの浮沈を説明できない。実は、(i) 欧米製造企業のターンキーソリューションで参入が容易になったところに、丸川(2013)が「チャイニーズ・ドリーム」と指摘するように、中国では、成功者を見て周りがそれを真似てどんどん起業したために、多数の企業が短期間に次々と起業・参入し、他国の企業は低価格で破綻した。しかし、(ii) その中国企業でさえ、旺盛な起業による慢性的な供給過剰の中で、稼働率は低下しており、上位メーカーでも、ちょっとしたきっかけが致命傷となり破綻していった。

業界の黎明期に起こる再編

 Takai (2017)によれば、日本のオンライン証券業界の黎明期に参入していた70社を調べたところ、2001年以降は撤退が相次ぎ、2003年9月には56社へと大幅に減少していた。一見、厳しい生存競争による淘汰が起きたように見える。しかし、その撤退理由は経営不振ではなく、実際、撤退企業の経営不振度は高くなかった。確かに外資系は6社中4社(67%)が業務停止して撤退していたが、対照的に、国内金融機関系22社で業務停止した会社はなく、9社(41%)が合併によって減っている。つまり、少なくとも日本のオンライン証券業界の黎明期には、暗黙裡に想定されている経営不振による淘汰ではなく、経営不振に陥る間もなく、ごく短期間に、金融再編などの別のメカニズムで会社数が減っていたのである。


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